頭痛を切り口にまとめた症例集。米国の頭痛診療エキスパートが選び出した100以上の豊富な症例を収載。各例2頁ほどの読み切りサイズで、日本でもよく遭遇する手強い症例を扱う。「なぜ見逃したのか? あの検査、あの処方は最良だったのか?」誰もが一度は抱いたことのある疑問点・反省点を振り返りつつ、エビデンスを交え経験則・コツを伝授、“Pitfall”と“Tip”がわかる。ICHD-3βに準拠。総合内科医、プライマリ・ケア医、神経内科医、研修医は、これ一冊で頭痛診療がぐんぐん上達する!
Chapter 1 鑑別が難しい良性の頭痛
Chapter 2 間違えやすい一次性頭痛と二次性頭痛
Chapter 3 危険な頭痛の見逃
Chapter 4 検査のピットフォール:画像検査と髄液検査
Chapter 5 検査のピットフォール:血液・尿検査など
Chapter 6 病歴や診察所見が見逃されたり,解釈を間違えたとき
Chapter 7 急性頭痛の治療に関する間違い
Chapter 8 頭痛予防の薬物療法のピットフォール
Chapter 9 頭痛の非薬物療法のピットフォール
Chapter 10 頭痛治療における課題と特殊な状況
Chapter 11 頭痛治療における法的な注意点
監訳者の序
頭痛は,診療する場によって遭遇するタイプが異なる。特に総合内科外来では,緊急で危険な頭痛の除外だけでなく,頭痛のパターンをひも解いて適切な診断,検査,そして治療に結びつけていかなければならないが,これが容易ではない。ときに診断を見逃して手痛い思いをしたり,治療への反応性が乏しく苦慮した経験のある医師もいるだろう。
本書は,Brigham and Women’s Faulkner Hospitalの頭痛専門家3名によって執筆されたものである。3人合わせて半世紀の診療経験の中で蓄えられた実症例の中から,およそ100症例が紹介されているが,どれも手強いものばかりである。しかも,彼らが学び得たPitfall(落とし穴)やTipsがふんだんに盛り込まれている。監訳作業をしながら我々も,これまでに経験した悩ましい頭痛症例を振り返り,ヒントになるポイントにいくつも気づかされた。
症例ベースのスタイルをとった本書はわかりやすい。症例を提示する前に,まず,どのような頭痛なのかを簡潔に示し(例:片側性の重篤な頭痛を訴える男性),続いて,頭痛に関する詳しい病歴,その次に,症例に対する考察(例:病歴は片頭痛と合致するのか)が述べてある。その後の解説では,疑った病名(例:片頭痛)が確からしい点はどこで,しかし一方でどのような点がPitfallになっていたのか,が示される。最終診断を告げたのち,最後の数行で,この症例に関わるTipsがまとめられている。
考察のために適宜設けられた見出しを見ると,基本的知識を問うものもあるが,あのときの診断は正しかったのか,なぜ見逃したのか・間違えたのか,あのとき検査したのは妥当だったのかなど,誰もがふと立ち止まって考えたことがあるはずの疑問も多く,Pitfallを想像し考えながら読み進めることができる。頭痛診療の大きな鍵である病歴聴取が苦手な医師でも,頭痛のストーリーが展開する中で難問をひも解いていく楽しさを十分に味わうことができ,病歴を聞くのが楽しくなってくるにちがいない。解説の項では,診断基準やガイドラインの枠にはまらない役立つ経験則・実践的アドバイスも得られ,経験の浅い若手医師たちにとっては診療の力を大きく上げるのに有用だろう。
今回の翻訳にあたっては,臨床経験が10年以上の訳者陣に協力いただいた。それぞれ家庭医,総合内科医,救急医,神経内科専門医と診療の場や専門も異なるが,翻訳作業を通してこの本から学び取れることが数多くあったとのことである。
頭痛診療に携わる多くの医師たちにとって,本書が一般外来・救急外来のそれぞれのシーンで大きな一助となることを望んでいる。
最後に,本書の企画段階からお付き合いいただき,制作のラストスパートまで我々訳者一同を激励してくださったメディカル・サイエンス・インターナショナルの神田奨氏をはじめ,編集部の方々に心から感謝したい。
2016年5月
金城 光代
金城 紀与史
原著の序
“Illustrated Oxford Dictionary”をひも解くと,“ピットフォール”とは,予想外の罠・危機・展開のこととある。この巧妙に隠された思いもよらない危機という言葉には,見えないように穴に蓋をした“仕掛けワナ”という別の意味もあり,不用心な生き物(つまり医師?)はこの穴に落ちてしまう。医師であれば頭痛の評価・治療の難しさはわきまえているはずだ。頭痛の多くは良性であることはわかっていても,ときに深刻な原因を見逃してしまうことを恐れている。頭痛の治療はたいてい不首尾に終わり,やり甲斐のない仕事と思っている医師もいるだろう。
しかし頭痛について,こうした苦手意識をもってもらいたくはない。我々の経験からいうと,頭痛の診断はほとんどの場合難しくはない。しかも,頭痛治療薬は劇的に効くことも少なくないのだ。風変わりで面白い頭痛疾患もあるし,最新の頭痛治療薬も登場してきた。たとえ昔ながらの治療でも,適切な患者に正しく行えば,満足のいく結果も得られる。しかし,どんな医学領域でもそうだが,頭痛医学にも難しい側面はある。本書を執筆したのは,我々が頭痛診療の現場で経験してきた(また,他者の診療を見てきて得た)よくある,あるいはまれだが明らかな間違いやピットフォールを,読者に伝えたかったからである。
頭痛のみを扱っている書籍を含め,頭部の痛みに興味をもつ医療者に向けた症例ベースの神経内科学書は多く存在する。本書は2つの点でこれらの本とは異なる。第1に,本書で扱っている症例は,頭痛の診断・治療について定型的なものではなく,手強い例に絞っている。第2に,本書は国際頭痛分類(ICHD)の,1988年から数えて3回目の改訂中に書かれたものである。結果的に,本書の全情報は最新版のICHD-3βに基づいた内容となっている。
ICHD-3βは,国際頭痛学会(International Headache Society)のウェブサイトから無料で利用できる(www.ihs-headache.org)。本書を読みながら,このICHD-3βを印刷して参照してもよいだろう。ただし,我々は正式な診断基準を文字通り再したわけではなく,最新の診断基準に示された各頭痛疾患の臨床的な特徴をまとめている。
我々,著者3人が頭痛を専門に診療してきた年月は,合わせると半世紀ほどになる。Paul B. RizzoliとElizabeth W. Loderはベテランで,臨床経験が長い。一方,Rebecca C. Burchは比較的若手で,主に,研修医や頭痛の非専門家たちが陥りがちなピットフォールや間違えに関して,我々に多くの助言をくれた。こうした2つの視点から本書が執筆されたことで,家庭医から頭痛専門家まで,頭痛患者を診るすべての医師にとって役立つものになっていると期待している。結局のところ,我々はどんなにたくさんの経験をしても,他の人が経験した誤診やミスから学ぶところが大きいからだ。
Elizabeth W. Loder
Rebecca C. Burch
Paul B. Rizzoli