第2版 1954年・T.R. Harrison
話し合いの口火を切ったのはEgner だった。彼は,結果的には売り上げも印税も増えることが確実な販売方法に対して編集チームが文句をつけてくる理由が分からないと言った。私は,印税は二の次で,われわれはただ,自分たちの本を二流の本と抱き合わせにして売られたくないだけなのだと言った。
Egner は次に,契約により『ハリソン内科学』は出版社の財産であり,その販売に関する決定は出版社のみが行えることになっていると反論した。対して私は,編者には本の知的な内容に関する決定を行う権利があり,「連累」を含めて,その評価を下げるおそれのある事柄を気づかうことは当然である。法的にはどうあれ,道徳的には,出版社が『ハリソン内科学』と二流の本とのセット販売をする権利はなく,そもそも編集チームへの事前の相談なしに「抱き合わせ本」を決める権利からしてないはずだと主張した。
Egner は,われわれが適当な時期までに新しい版を完成させられなかった場合には,出版社は契約により新しい編集チームを選出することができると脅してきた。そこで私も,いったいどんな編者を迎えられると思っているのかと言い返してやった。アメリカ国内で内科学に携わっている一流の人物の中で,この編集チームの中の誰とも交友関係のない者を探せるとでも思っているのか?自分たちが一声かければ,誰もがBlakiston 社やDoubleday 社に背を向けるようになるだろう。おそらく,新しい編集チームを結成するどころか,たった1 人のまともな編者を見つけることさえ難しいだろう。さらに,出版社が編者を入れ替えようとするなら,現在の編者は別の出版社と契約を結ぶこともできる。もちろん,初版に記された文字は,出版社の財産である。けれども,編者の頭の中にあるアイディアは(それがBlakiston 社の『ハリソン内科学』第2 版に関するアイディアになるのか,他社から出る別の名前の本の初版に関するアイディアになるのかにかかわらず),Blakiston社のものではない。
- 第1版 1950年・T.R. Harrison
- 第2版 1954年・T.R. Harrison
- 第3版 1958年・T.R. Harrison
- 第4版 1962年・M.M. Wintrobe
- 第5版 1966年・M.M. Wintrobe
- 第6版 1970年・M.M. Wintrobe
- 第7版 1974年・M.M. Wintrobe
- 第8版 1977年・G.W. Thorn
- 第9版 1980年・K.J. Isselbacher
- 第10版 1983年・R.G. Petersdorf
- 第11版 1987年・E. Braunwald