Adamsの回想 Raymond Adams
その後,ロンドン,マドリード,マルティニク島,ウッドストック,アンティグア島で「長い打ち合わせ」が開かれたが,当初のエキサイティングな雰囲気はそこになく,Harrison とResnik の存在の大きさばかりが感じられた。打ち合わせの期間は短く,編者の家族は常に参加したわけではなかったし,場所も以前ほど面白くなかった。ますます多くの時間が,章の数を揃えることや,次の版を準備するための機械的な仕事のために費やされるようになり,絶え間なく変化する医学教育の現場で『ハリソン内科学』が果たすべき役割への興味も薄らいできた。そんな中,Thorn の後任として内分泌分野の編者になったWilson は,専門分野の豊かな知識,内科学全般に及ぶ興味,学者らしい文体により,チームに新風をもたらしてくれた。
『ハリソン内科学』の未来は安泰であるように見える。われわれは,新たに迎えたMartin とFauci に大いに満足している。ただ,『ハリソン内科学』の基本的な枠組みが学生や開業医のニーズをよく満たしていることが明らかになったために,多くのライバルがこの枠組みを採用するようになっている。その中で先頭を走り続けるためには,これまで以上の努力をしなければならない。疾患の主要な症候について記述する冒頭のいくつかのセクションは,病態生理学,生化学,細胞病理学,および心理学の新しい発展と発見に照らし合わせて改訂し続けなければならないが,そのためには臨床科学者の存在が欠かせない。また,それに続く免疫学,腫瘍学,遺伝学,臨床生理学,生化学のセクションも,変化が激しいので,版を改めるごとに完全に書き換え,新たな章をつけ加えなければならないだろう。
後半部の器官系統別の記述についても,症候群からのアプローチを盛り込むべきである。これによって,主要な症候と疾患との間に概念的な橋がかけられ,学生には非常に有益であるからだ。それぞれの器官系における重要な疾患と,現在行われている診断,管理,治療,予防についての説明は,版を改めるごとに経験を積んだ臨床家によって検討し直されなければならない。疾患の本質と多様性を言葉で捉えるためには,学識や説明能力だけでなく広範な臨床経験が必要だが,これまで以上に広い視野を持つ編者を選び,上述のような方法で執筆を分担することで,それが可能になるはずだ。
- 第1版 1950年・T.R. Harrison
- 第2版 1954年・T.R. Harrison
- 第3版 1958年・T.R. Harrison
- 第4版 1962年・M.M. Wintrobe
- 第5版 1966年・M.M. Wintrobe
- 第6版 1970年・M.M. Wintrobe
- 第7版 1974年・M.M. Wintrobe
- 第8版 1977年・G.W. Thorn
- 第9版 1980年・K.J. Isselbacher
- 第10版 1983年・R.G. Petersdorf
- 第11版 1987年・E. Braunwald
- Beesonの回想 Paul Beeson
- Resnikの回想 William Resnik
- Adamsの回想 Raymond Adams
- Bennettの回想 Ivan Bennett
- Ted Phillipsによる最後の補注