第 I 部 歴史
第 II 部 機器
第 III 部 生理学と病理学
第 IV 部 血液学
第 V 部 臨床の適用
第 VI 部 新生児,乳児,小児
【監訳者の序】
アメリカの外科医であるジョン・ギボンが、初めて人工心肺を用いた心臓手術に成功したのは1953年であるが、わずか3年後には日本でも人工心肺を用いた心臓手術が成功している。これは、当時の日本と欧米の医学水準を比べれば、驚くべき快挙といえるだろう。それから50年以上が経過し、数え切れないほどの命が人工心肺を用いた心臓手術で救われてきた。しかし一方で、救われた数よりは大幅に少ないとしても、多くの患者が人工心肺に関係した合併症や医療事故を被ってきた。最近、日本でもやっと人工心肺の安全使用マニュアルが整備されてきたが、マニュアル以前にわれわれは今一度、人工心肺に関する自身の知識を見つめなおすべきと思う。
果たしてわれわれは、人工心肺を理解したうえで使用してきたといえるだろうか?
一体、われわれは人工心肺や体外循環について何を知っているのだろうか?
今日の人工心肺は、マニュアルどおりに操作すれば安全なのか?
心臓手術と体外循環は、今どこに向かっているのか?
体外循環に関わるすべてのメンバーが、こうした問題に率直に向き合うとき、最大の手助けとなるのが本書、「Cardiopulmmonary Bypass: Principles and Practice, Third Edition」であろう。
50年以上におよぶ心臓手術の歴史の中で、人工心肺には研究者や臨床医、メーカーの莫大な英知と努力が注ぎ込まれてきた。病態生理学や薬理学に加え、臓器保護、体温や抗凝固の制御、合併症の予防法とモニタリング法などについて、膨大な数の実験と臨床試験が行われてきた。また、これに関連して多くの新しい技術が開発され、すべての装置や部品に改良が加えられてきた。アメリカの医師たちが、これらを本書に体系化し、1993年の第一版から第三版にいたるまで改訂を重ねてきたことは、まさに賞賛に値する。
一方日本では、こうした視点で出版された人工心肺の教科書は皆無である。日本の研究者は、極めて早期から人工心肺を使用してきたし、また研究面でも要所で優れた実績をあげてきた。しかし、体外循環を学問として体系化することには、関心を払ってこなかったと言わざるをえない。人工心肺の構造と使用方法を、現有の装置について即物的な目線で学び、単に心臓手術を補助する道具として使用してきたのが実情と思う。自動車を運転するのに、その詳細な構造や開発の歴史を知る必要があるかどうかは意見が分かれるだろう。しかし、常に患者の生命がかかる医療の領域で、日常的に合併症が発生しうる装置を用いるとき、それを学ぶ姿勢が車の運転と同じでよいわけはない。個々の研究に敬意を払い、過去を知ることによってのみ、現在を理解し、未来を予測できるのである。そうした思いが今回の翻訳の動機となった。
本書は、体外循環を極めて幅広く包括的に捉えているほか、基礎的な実験と臨床試験の結果を同様に尊重していること、莫大な研究データを整理して収載していること、研究段階の情報を数多く紹介し、未来を見通していること、体外循環のチーム医療といった未開の領域に、ナラティブを用いた挑戦的な方法で取り組んでいることなど、多くの点で近来稀に見る名著と考える。心臓手術と体外循環に関わるすべてのスタッフに、知識のレベルアップとリニューアルを目指して、ぜひ通読いただきたい一冊である。
今回、本書の翻訳に一役担えたことを大変光栄に思っている。また、翻訳にあたり、麻酔科医、心臓外科医、体外循環技士、メーカーの研究者など、職種を超えたスタッフの協力が得られたことは、何よりの喜びである。それこそが体外循環の成功にもっとも重要な要素と考えている。すべての翻訳担当者と、翻訳の機会を与えてくれたメディカル・サイエンス・インターナショナル社の英断に心より感謝する。
2010年4月
新見 能成
【序】
「Cardiopulmmonary Bypass: Principles and Practice」の第三版に着手する前に、編集者たちは冠動脈バイパス術(CABG)の手術件数の減少や、最近の経皮的弁手術に向けた潮流、心肺バイパス(CPB)を用いないCABGについて検討した。CPBに関して最新で包括的な情報を提供する参考書は、まだ必要とされているのだろうか?答えは明らかで、われわれはCPBが「いまだ健全に生存している」うえ、われわれの教科書の第三版を上梓するタイミングとしても適切であると判断した。ある種の手術ではCPBの使用が減少しているが、種々の進歩と時代の潮流が、CPBや他の循環補助インターベンションに別の成長領域を生み出している。うっ血性心不全患者の増加により、心臓成形手術や心室補助装置の長期使用に関心が高まっている。大動脈弁疾患や僧帽弁疾患はわれわれの世代と同様に増加しており、弁形成術や弁置換術はこれらの弁疾患に対するゴールドスタンダードの座を維持している。年齢層で対極にある小児の心臓手術チームは、先天性心奇形の修復における未開拓領域を切り開いている。そうした中で、彼らはさらに先進的な機能をもつCPBを必要としている。最小限侵襲性心臓手術では、入院期間の短縮と日常生活への早期回復を期待できる。こうした技術の多くが、しばしば大きな技術革新や小型化を取り入れた形で、CPBを必要とする。1993年における本書の第一版出版以来、これらの革新がCPBの生理的侵襲を減じてきた。しかし、患者母集団の高齢化とリスクの増大が、技術革新によって得られた利得を相殺し、引き続いて早いペースでのCPB領域の進歩を要求している。
Ross UnderleiderとAlfred Stammersは第三版の新しい編集者である。両者は、本版に際立った経験と専門性、創造性をもたらした。これらの編集者は外科、および心血管灌流領域の代表者であり、本書でCPBのもつ集学的要素を表すことを不朽の哲学としている。結果として編集者と各章の著者は、麻酔科医、外科医、心血管灌流士、基礎科学者など、多様性をもつ職種の混合部隊で構成された。
本版は、内容と構成に数多くの変更が加えられている。今回、新生児、幼児、小児については単一の章ではなく、全体で5章にまとめた。これは、この患者群の手技や装置、合併症が、しばしば成人のそれと著しく異なることからみて理にかなっている。CPBに関係した患者の安全とチームワークについて2章を割いたが、これはこの二つの内容が患者のアウトカムを改善するうえで極めて重要だからである。血液学の項は、凝固検査とCPB後の出血に対する薬物学的予防について新しい章を加えて再編し、拡張した。第二版が出版されて以来、最小限侵襲体外循環のテーマが単一のベンダーや体外循環回路を超えて広がりをみせたことより、第8章ではこれらの拡張オプションとその適用をとりあげた。
第1版、第2版と同様、われわれの使命は、体外循環、およびその背景となる基礎科学の原理について、包括的な臨床の情報供給源を提供することにある。麻酔科、外科、心血管灌流などの臨床医と学生が本書よりもっとも直接的に裨益するが、新生児科や循環器科、集中治療の専門家などにも有用であろう。
Glenn P. Gravlee, MD
Richard F. Davis, MD, MBA
Alfred H. Stammers, MSA, CCP
Ross M. Ungerleider, MD, MBA
【初版への序】
医学知識の急速な量的拡大は、時流に遅れまいとするわれわれの勤勉で必死な努力にもかかわらず、多様性の中の特定領域ですら、これに追随することを脅かしている。Joseph Artusio医師は、彼の麻酔科学における40年以上のアカデミックな経歴を振り返った注目すべき講義の中で、1940年代における彼のレジデント時代には麻酔科学に関する英語の教科書が3冊しかなかったと述べた。彼は、「しかし今では、毎週新しい教科書が出版される」と続けている。こうした展開の中では当然、ある医学書が、あるいは他の新しい医学書のすべてが新しい価値のある何かを提供しているのか疑問が生じる。本書は、心肺バイパスに関する包括的で学術的な議論を、多様性のある領域について総合的に、かつこの領域における以前の教科書とはまったく異なる構成で提供するように企画された。
現在人工肺の使用症例数は、アメリカで年間35万例、全世界で65万例と見積もられ、またこのインターベンションで悪影響を被る患者数はわずかである。この数字は、人工肺の使用数が増加し続けていることと、心肺バイパスを受ける患者のもつ病態の複雑性が増し続けていることを表している。心臓手術が人工肺使用のほとんど大半を占めるが、心肺バイパスに他の適応が出現し(心停止や補助下血管形成など)、あるいは再出現(肺補助など)している。
心臓手術における心肺バイパスの臨床管理は、体外循環技士、外科医、麻酔科医を含めたチーム医療である。われわれの目標は、臨床医や研修医にとって実際的で参考になる内容を提示しつつ、各専門領域の全体像を表す教科書を提供することにある。またわれわれは、心肺バイパスを受け、そこから回復する患者を受け持つ循環器科、新生児科、集中治療科などの医師の一助になることを望んでいる。病態生理学についての学術的議論が、心肺バイパス後の患者管理における理解と実践を強化することを期待する。多くの著者によって書かれた教科書のほとんどがそうであるように、各章の間には若干の重畳性がある。われわれはこれを最小化するべく努力したが、章によって主要なテーマの理解を助けている場合や、特定のテーマに関する著者特有の見解を表している場合にはこの重複をあえて残した。ほとんどの医学的テーマがそうであるように、心肺バイパスを議論するときにも事実と見解の境界はときにあいまいである。それは、不確実な科学である医療の本質である。
Glenn P. Gravlee, MD
Richard F. Davis, MD, MBA
Joe R. Utley, MD
* Artusio Jr JF: Rovenstine Lecture, 1991 New York Postgraduate Assembly
of anesthesiologists, New York Society of anesthesiologists,
New York, New York.