第1部 微生物学の基礎
第1章 微生物学とは何か,そしてなぜ重要か?
第2章 微生物学のための基礎化学
第3章 代謝の基礎
第4章 細菌の構造と,宿主-病原体の関係
第2部 感染症の機序
第5章 感染の必要因子
第6章 感染症の伝播,易感染性宿主と疫学
第7章 感染症の原理
第8章 新興・再興感染症
第3部 病原微生物の特徴
第9章 細菌構造の臨床上の重要性
第10章 細菌の増殖
第11章 微生物の遺伝学と感染症
第12章 ウイルスの構造と感染サイクル
第13章 ウイルスの病原性
第14章 寄生虫および真菌感染症
第4部 宿主の防御機構
第15章 自然免疫応答
第16章 獲得免疫応答
第17章 免疫応答不全
第5部 制御と治療
第18章 消毒薬による微生物増殖の制御
第19章 抗微生物薬
第20章 薬剤耐性
第6部 微生物感染症
第21章 呼吸器系の感染症
第22章 消化器系の感染症
第23章 泌尿生殖器系の感染症
第24章 中枢神経系の感染症
第25章 血液の感染症
第26章 皮膚と眼の感染症
第7部 光と影;微生物学における重要な論題
第27章 バイオテクノロジー
第28章 バイオテロリズム
監訳者序文
世界保健機構WHOの報告では世界の死亡原因の1/4は感染症であり,呼吸器感染症,HIV/AID,下痢症,結核,マラリア等が上位を占めている。発展途上国,特にサハラ以南のアフリカ地方では死亡原因の50%以上が感染症であるし,世界の0~4歳児の死亡者の約60%は感染症に基づく。米国国立科学財団(National Science Foundation:NSF)は21世紀を迎えた際に,人類にとって8つの重要な研究課題を決定したが,「感染症と環境」の研究課題は,「生物多様性と生態系の機能」「水系循環の予測」「土地開発の問題」とともに最重点課題とされている。
近年,感染症は変貌している。“今までに知られておらず新しく同定された病原体による感染症で,局地的あるいは国際的にも公衆衛生上大きな問題を惹起する感染症”と定義される「新興感染症」が増加しているし,“もはや公衆衛生上問題にならないほどに減少してきた感染症であるが,近年再び流行しはじめ患者数が増加してきた感染症”と定義される「再興感染症」も同様に世界の特定の地域で流行が認められている。このような世界の感染症の動向は,感染症学および感染発症の基盤を知るための微生物学が重要視されている所以でもある。
この度,『微生物学-基礎から臨床へのアプローチ』を監訳する機会を得た。本書は米国サウスカロライナ大学医学部教授として免疫学・微生物学の教育を担当した経験をもつAnthony J Strelkauskas博士(現米国Trident Technical College所属)が主体となり,執筆・出版されたものである。本書は「微生物学」という名称を冠しているが,微生物学のみならず,生化学,遺伝学,免疫学,感染症学など幅広い学問領域をカバーしている。本書は「微生物学の基礎」「感染症の機序」「病原微生物の特徴」「宿主の防御機構」「制御と治療」「微生物感染症」「光と影;微生物学における重要な論題」の7部から構成され,計28章から成るが,極めて多くの特色を備えている。各章の初めに「何故この章が重要なのか」が確認され,「この章を学ぶ前に」復習すべき点が明らかにされ,そして「概観」が提示されている。テキストにはふんだんに目を見張るような美しい図と理解を助ける表が配置されているし,「補足」では重要な語句の説明が示され,単元毎に「覚えておこう」として重要事項が列挙されている。そしてウェブ上(http:~)には「自己評価と本章の確認」のための多肢選択問題,さらに「理解を深める」問題,さらに「臨床コーナー」として臨床感染症学の症例が示され,学生はさらに深い学習をすることができる。必要に応じて自由にダウンロードして利用して頂きたい。加えて,巻末には「用語集」「微生物リスト」が付録として追加されている。至れり尽くせりのテキストであるが,ひとえに読者である学生に微生物学,感染症学を完全にかつ分かりやすく理解させたいというStrelkauskas博士の教育に対する大いなる熱意を感じるものである。
本書は医学,歯学,獣医学,薬学,保健学,健康科学,理学など広範な領域で微生物学,感染症学を学ぶ読者に極めて有用な教科書となることを確信している。素晴らしい翻訳をしていただいた我が国の微生物学,感染症学領域の一線級の翻訳陣の諸先生ならびに本書の翻訳・刊行にご尽力いただいたたメディカル・サイエンス・インターナショナル社の藤川良子氏,伊藤武芳氏に深甚の意を表したい。
2012年2月
杏林大学医学部感染症学 神谷 茂
序文(原著)
微生物学は,私たちの生活に日々影響を及ぼしている。私たちは微生物それらは私たちの体内や体表,私たちが呼吸する空気の中,私たちが歩く地面,私たちが飲む水,そして私たちが食べる食物にまで生息しているに囲まれている。医療従事者はその証拠を毎日のように目にしている。微生物の存在は健康にとって有益,あるいは必須なこともあるが,多くの場合で微生物は有害であり,場合によっては致死的なものとなる。微生物学の基本的な原則の理解は,微生物によって引き起こされる諸問題への対処に有効なものとなる。
微生物学の研究は,疾患の原因を探ることによって19世紀後半に始まった。それ以来の研究によって,微生物の構造的,生理学的,遺伝学的な知識は膨大なものになっており,今や微生物学は,環境微生物学,昆虫制御,バイオテクノロジーをも包含するものになっている。もし微生物学の全てを学ぼうと思ったら,この本よりずっと厚いものを手に取る必要があるだろう。そのために私たちは本書においては,人の健康に関して最も重要な「微生物と感染症との関係」という領域に焦点を当てる。本書は,医療,特に看護領域を学ぶ学生に対して長年にわたって行ってきた教育から生まれたものである。そのために本書は,疾患や感染症に微生物が果たす役割に重点を置くことによって,微生物学に対して一貫して臨床的なアプローチをとっている。
臨床を指向する読者にとって効果的な教育手段となるように,いくつかのユニークな特徴を本書は備えている。多くの臨床的な論題が各章に織り込まれており,本書全体として,鍵となる臨床的概念が強調され,繰り返される。特に本書で強調したのは,私たちが“ビッグ5”と呼ぶ,微生物が感染症を引き起こす際の5つの必要要件である。すなわち,微生物が「侵入し」,「定着し」,「宿主の免疫に打ち勝ち」,「宿主を傷害し」,そして「伝播する」という流れである。これらの要件は第1章から導入され,本書を通じて繰り返し登場する。さらに第1章では,読者に興味を持ってもらうためにも一連のケーススタディを用意し,微生物学を学ぶことの文字通り死活的な重要性を提示した。
すべての章は,よく学生から尋ねられる「なぜこれを知る必要があるのか?」,「何を知ればいいのか?」という2つの質問を考えることから始める。また,次の節に進む前に重要な事実や概念を消化できるように,各章の各節には“覚えておこう”と題した短い要約が組み入れてある。
章末には3タイプの章末問題を用意した(編集部注:章末問題はウェブ上へアップしてある。必要とされる方はhttp~からpdfで自由にダウンロードして頂きたい)。「自己評価と本章の確認(選択問題)」によって,各章に関する基本的理解をテストできる。そして「理解を深める」では,重要な概念の統合が要求されるより難易度の高い問いが用意されている。「臨床コーナー」は,その章で学んだことを特定の臨床な場面,あるいは問題に適用した質問である。
これらの学習上の特徴に加えて,各章の理解を助けるために,注意深く選んだ図表を多く配している。そこで使用される写真や顕微鏡写真は,重要な概念をよく表すものであると同時に美しいものを選んだ。
本書は,共同作業の結果完成したものである。多くの人々が私たちを助けてくれたが,彼らの名前は謝辞に記してある。そして,この本を選んでくれたあなたにも感謝を捧げる。この本が正確で,信頼でき,そして面白いものであることは重要なことである。私たちも全力を尽くしたが,間違いが残っている可能性は避けられない。この本で間違いを見つけた読者は,重版あるいは改訂版をより洗練されたものにするためにも,ぜひともご報告を頂きたい。そのようなコメントや質問は貴重なものであり,あなたの協力は私たちにとって極めて重要なものである。
Tony Strelkauskas
Jennifer Strelkauskas
Danielle Moszyk- Strelkauskas