Part I 診断の原則
1. 精神科における診断の歴史
なぜ診断は重要なのか/疾患,障害,症候群/疾病分類学の原則/なぜ精神医学的診断は難しいのか/DSMシステム/DSM-III革命/DSM-IIIの与えたインパクト/1980年からのDSMシステム/DSMのシステムは精神医学をどう形作るのか/診断と治療
2. 診断マニュアルはいかにしてつくられたか
製薬会社との関係/透明性 vs. 機密性/教訓/スケジュール/フィールドトライアル/診断マニュアルの活用法/診断の追加/DSM-5は,より科学的になったのか/DSM-5の構造/リスク,利点,改訂点
3. 精神疾患とは何か(そして何が精神疾患ではないのか)
疾患と障害/精神障害の定義/DSM-5理論の課題/病気と人生の境界/有害な機能障害/DSMの範囲/感度と特異度/精神疾患とスティグマ/小児期の診断/DSM-5と専門家の役割/診断のインフレーションと流行
4. 診断の妥当性
信頼性と妥当性/妥当性のための基準/半構造化面接と自己記入式評価尺度/年齢と性別と文化の影響/妥当性の情報源としての治療反応
5. 次元性
次元性は何を測定するのか/次元性の臨床的有用性/次元性と研究/症状のスコアリング/診断のスペクトラム/自殺に対する評価尺度/次元的アプローチの展望
6. 臨床的有用性
コミュニケーションとしての診断/使いやすい診断基準の作成/5軸システムの消滅
Part II 各論
7. 統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群
統合失調症スペクトラムの定義/統合失調症と双極性障害の違い/統合失調症:単一の障害なのか多数の障害なのか/減弱精神病症候群/未解決の問題/統合失調症スペクトラムの今後の方向性
8. 双極性障害および関連障害
DSM-5での双極性障害/双極性障害の過剰診断/小児の双極性障害
9. 抑うつ障害
抑うつとは何か/うつ病の一元論/診断のための除外事項/DSM-5における変更/診断が治療に及ぼす影響
10. 不安障害,トラウマ,強迫性障害スペクトラム
パニック障害と全般性不安障害/恐怖症/心的外傷後ストレス障害と急性ストレス障害/強迫性障害
11. 物質関連障害,摂食障害,性機能障害
物質使用と嗜癖の境界/DSM-5における物質使用と嗜癖/行動嗜癖/神経性やせ症/神経性過食症/過食性障害/性機能不全,性別違和,パラフィリア
12. 神経発達症群と行動症群
神経発達症群/広汎性発達障害(自閉症スペクトラム障害)/注意欠如・多動性障害/秩序破壊的・衝動制御・素行障害群/他のどこにも分類されない衝動制御の障害
13. パーソナリティ障害
パーソナリティ障害診断のこれまで/なぜパーソナリティ障害は無視されるのか/パーソナリティ障害の全般的な定義/多次元化/なぜパーソナリティ障害ワークグループの提案は却下されたのか/パーソナリティ障害のカテゴリー/その他のパーソナリティ障害のカテゴリー/良いニュースと悪いニュース/理論と実際のギャップ
14. その他の診断群
神経認知障害群/身体症状症/解離性障害/睡眠-覚醒障害群/排泄症群/自殺行動障害/適応障害/精神疾患のない患者/まとめ
Part III 概説
15. 迷えるあなたへ
DSM-5がメンタルヘルスケアに与えるインパクト/DSMと社会/臨床医はDSM-5をどう使うべきか/DSM-6に向けて/最後に
精神医学的診断に大きな影響を与えた人々
参考文献
2013年から使われはじめたDSM-5と1994年から使われてきたDSM-IV。絶対のルールとして扱う者もなかにはいたが,その欠点を指摘しては無意味なものと切り捨てる医療者も少なくなかった。心の奥に潜むものを解釈し思索をめぐらせることを排除し,外から観察しうる事象からアルゴリズムを用いて診断を試みるDSMで定義された障害は,精神疾患の本質とは異なるのではないかと疑問を抱くのも無理はない。ただ,盲信するのも無視するのも正解とはいいがたい。
過去のカルテや他の病院からの診療情報提供書を読むと,一人の患者につけられた診断が医師ごとに異なっているのは,医療の現場では珍しいことではない。疾患概念も患者の見立ても医師によってまちまちであることが,その原因であろう。身体疾患を扱う際,あっちの医師は肺炎と診断し,こっちの医師の診断は肺炎じゃないということは,そうないだろう。あっちの医師が考える肝癌とこっちの医師が考える肝癌が違うということもないだろう。しかし,精神疾患については,そのようなことばかりであることを,精神科医として嘆かわしく思う。診断が医師の匙加減や感覚でくだされるようであってはならない。
DSMは,診断にアルゴリズムを用いることで,精神医療者に共通言語を与えた。DSMのすべてが正しいわけでもなく,常に正しいわけでもない。課題は山積みであることは,本書で何度も扱われている。しかし,未完成であることを理由に無視すれば,バベルの塔は崩れ去り共通言語は失われ,精神医療者はおのおのめいめい思うさま一貫性のない見立てを繰り返すことになる。DSMのアルゴリズムは,数学にたとえるなら途中計算式のようなものだ。それ自体は真実ではないが,それを通して真実に近づきうるもの。その後に,そのアルゴリズムに盛りこめなかった,医療者個人の考えを加味すれば,よりいっそう真実に近づけることだろう。そんなDSMの可能性と残された課題,その両方について本書は扱っている。盲信も無視もせず,どこまで参考にし,どこまでを限界と考え,どのようにDSM-5と向き合うべきか,その答が本書にある。
本書の出版にあたって,原著の著者Paris Joel氏に,協力してくれた翻訳者たちに,機会を与えてくれた出版社に,そして今,本書を手にしている皆様に,心から感謝を申しあげたい。本書を通して多くの医療者が精神障害への理解を深め,心の問題に苦しむ多くの人たちが救われることを心から願っている。