第1章 序論
第2章 ヒトゲノム入門
第3章 ヒトゲノム:遺伝子の構造と機能
第4章 ヒトの遺伝学的多様性:変異と多型
第5章 臨床細胞遺伝学的解析とゲノム解析の原理
第6章 染色体およびゲノムの量的変化にもとづく疾患:常染色体異常と性染色体異常
第7章 単一遺伝子疾患
第8章 多因子疾患の遺伝学
第9章 集団における遺伝学的多様性
第10章 ヒト疾患における遺伝的基礎の解明
第11章 遺伝性疾患の分子遺伝学的原理:ヘモグロビン異常症から学ぶ一般原理と教訓
第12章 遺伝性疾患の分子生物学的,生化学的,細胞学的基礎
第13章 遺伝性疾患の治療
第14章 発生遺伝学と先天異常
第15章 腫瘍遺伝学と腫瘍ゲノム学
第16章 リスク評価と遺伝カウンセリング
第17章 出生前診断とスクリーニング
第18章 医療,個別化医療へのゲノム学の応用
第19章 遺伝医学とゲノム医学における倫理的社会的課題
症例提示
用語解説
監訳者の序
“Thompson & Thompson Genetics in Medicine (7th ed.)”の日本語版である『トンプソン&トンプソン遺伝医学』が出版されて8年が経過した。この旧版の監訳者の序には,わが国の遺伝医学教育の不備を嘆くような記述をしていたが,ここ数年わが国においても遺伝医学やゲノム医療について,大変好ましい大きな変革の波が押し寄せてきている。
内閣総理大臣が本部長を務める健康・医療戦略推進本部および関連省庁すべてが参画する健康・医療戦略推進会議が2014年6月に設置され,同年7月には,「健康・医療戦略」が閣議決定された。この中で,ゲノム医療の実現に向けた基盤整備や取り組みの推進が掲げられている。2015年1月には,ゲノム医療を実現するための取り組みを関係府省・関係機関が連携して推進するために,健康・医療戦略推進会議の下に,「ゲノム医療実現推進協議会」が設置され,ゲノム医療を実現するためには,遺伝学的検査の質保証,遺伝差別防止,遺伝カウンセリング体制の整備,遺伝情報管理の4点について,重点的かつ早急に取り組むべきであるとする中間とりまとめを公表した(2015年7月)。さらに「ゲノム医療実現推進協議会」の下に設置された「ゲノム情報を用いた医療等の実用化推進タスクフォース(TF)」(事務局:厚生労働省厚生科学課)において検討が進められ,2016年10月に,「ゲノム医療等の実現・発展のための具体的方策について(意見とりまとめ)」が公表された。
このTFの意見とりまとめには,医学教育について,「ゲノム医療の知識がどの医師にも必要であるという時代が到来することを見据えて,医学教育モデル・コア・カリキュラム,医師国家試験,臨床研修や生涯教育におけるゲノム医療の取扱いの整合性を図りながらその内容を検討すべきと考えられる。」と記載されている。
これを受けて,文部科学省高等教育局医学教育課が所掌するモデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員会および同専門研究委員会が,2016年12月に公表した「医学教育モデル・コア・カリキュラム」〔平成28年度改訂版(案)〕では,遺伝医学,ゲノム医療について大きな変更がなされている。
従来のモデル・コア・カリキュラムには,「遺伝と遺伝子」や「遺伝子異常と疾患・発生発達異常」などの項目はあったが,遺伝子の「変化」が「多様性」や「個体差」ではなく,疾患原因としてのみとらえられ,「正常」と「異常」の対比という視点に傾いていることや,家系図作成や遺伝カウンセリングなどのキーワードがなく,遺伝情報を現場でどう収集し,どう扱うか,という臨床遺伝の視点が不十分であった。
今回の改訂で最も大きく変わったのは,ゲノム医療の実践に最も重要な概念である「ゲノムの多様性に基づく個体の多様性を説明できる」が明確に記載されたことと,従来は感染症,腫瘍,免疫・アレルギーなどが記載されていた「全身におよぶ生理的変化,病態,診断,治療」の大項目に,新しく「遺伝医療・ゲノム医療」の項目が加えられたことである。「遺伝医療・ゲノム医療」のねらいとしては,「遺伝情報・ゲノム情報の特性を理解し,遺伝情報・ゲノム情報に基づいた診断と治療,未発症者を含む患者・家族の支援を学ぶ。」と記載されており,家系図作成,遺伝学的検査や遺伝カウンセリングの意義,遺伝医療における倫理,遺伝情報に基づく治療など,ゲノム医療を実現していく際に医師に求められる項目が記載されている。特に「未発症者を含む患者・家族の支援を学ぶ」と記載されたことは,ゲノム医療の本質を端的に表したものであり,ゲノム医療は,患者だけではなく,未発症者,すなわち発症していない全ての人をも対象とした医療であることを示している。
“Thompson & Thompson Genetics in Medicine”は初版(1966年)以来,「従来,基礎科学としての位置づけであった遺伝学が,医学のなかでどのように役立てられるべきなのか」という明確な目的のもとに出版されつづけている,米国の医学教育では最も広く用いられている教科書である。本書(原書第8版)ではヒトの病気を引き起こす遺伝子とそのメカニズムについての記述は第7版と同様に新しい知見とともに詳細に述べられているが,旧版と最も大きく異なっているのは,ヒトゲノムデータベースに基づく遺伝医学・ゲノム医療の実践,すなわち個別化医療と精密医療の概念が明確に示されていることである。
ゲノム医療の知識は,医師に限らずすべての医療者に必要な時代を迎えており,医学生,医療系学生(遺伝カウンセリングコースの学生を含む),および研修中の医師には,本書により遺伝医学・ゲノム医療を系統的にじっくりと学んでいただきたい。また,すでにわが国の医療を担っている医師,特に各領域の専門医にもゲノム医療の概念は必ず必要になってくるので,本書の関連領域の部分を中心にお読みいただき,遺伝医学・ゲノム医療の広い概念の理解の一助にしていただきたい。
本書(第8版)の翻訳は,旧版と同様,本文については,信州大学の遺伝医学教育関係者,および全国の認定遺伝カウンセラー養成コース大学院の関係者に,また,症例提示は全国の各分野の専門家に依頼した。翻訳にご協力いただいた総勢50余名の諸氏には,この翻訳事業がわが国の遺伝医学の発展のためには重要な作業であることを深く理解していただき,短時間の間に翻訳作業を完遂していただき感謝申し上げる。
また,この翻訳企画を採択し,種々の要望を聞き入れ,迅速に出版して下さったメディカル・サイエンス・インターナショナル社の方々,とくに若松博会長,編集の星山大介氏,藤川良子氏にお礼を申し上げる。
最後に,夫James S. Thompson博士とともに本書を50年前に生み出して下さったMargaret Thompson博士が94歳で亡くなったことを原著の謝辞で知った。偉大なご業績を讃えつつご冥福をお祈りする。合掌。
2017年3月 日本語版監訳 福嶋義光
序文
50年近くも前,James ThompsonとMargaret Thompsonによって執筆された“Genetics in Medicine”の第1版の序文には次のように記載されている。
遺伝学は臨床教育前に行われる医学教育の基礎科学の土台をなすものであると同時に,臨床医学,公衆衛生,医学研究への応用に重要な役割を果たそうとしている。……本書は,医学生に遺伝学の原理・理念を紹介するために書かれた。遺伝学の原理が医学に応用され,この領域の広範で急速な発展を示す文献を読む際の参考となることを願っている。さらに,医学生を教える教員にとっても有用であると認めていただけるのであれば,望外の喜びである。
当時指摘されたことは,現在,いっそう真実味を増している。遺伝学とヒトゲノムの知識は急速に公衆衛生と医学・医療の実践に取り入れられつつある。この“Genetics in Medicine”の新版(第8版)は,ヒト遺伝学および遺伝医学そしてゲノム学の基本原理を正確に記述することによって,いままで出版されてきた第7版までの“Genetics in Medicine”と同様の目的を達成しようと努めている。特に,ヒトの病気を引き起こす遺伝子とそのメカニズムについては,前版と同様,実際の病気を例に取り上げ,詳しく記載することにした。
しかし,前版と大きく変わった点もある。ヒトゲノム計画に端を発する急速な進展から,われわれはすべてのヒト遺伝子,遺伝子配列,そして現在も増加しつづけている膨大なヒトバリエーションのデータベースのさらに詳細なカタログを手に入れることができた。ゲノム情報は人類遺伝学研究および遺伝医学・医療の実践に変化を与えうる新しい強力な手法を生みだしつつある。したがって,われわれは継続して本書の範囲を広げ,個別化医療と精密医療の概念を本書に含めることにした。具体的には,遺伝学的多様性が病気の易罹患性や治療効果にどのように影響しているかを明らかにするために用いられているゲノム学の応用例を数多く記載した。
本書は,遺伝性疾患の概論・目録となることや,一般的な人類遺伝学あるいはゲノム学の百科事典的専門書となることを目的としていない。むしろ第8版の執筆者たちは遺伝医学そしてゲノム学の領域を理解するための骨組みを示し,この領域の生涯学習プログラムの基礎となることを願っている。第6版で初めて導入された「症例提示(Clinical Cases)」のページには,病気の一般概念,遺伝性,病態,診断,治療・ケア,遺伝カウンセリングについて詳しく記載されており,今版においても,本書を特徴づける重要な部分として継続している。さらに,教育的価値をいっそう高めるため,本文中に緑字(日本語版では,紫色の囲み)で症例の番号を示し,本文中に記載されている概念と関係の深い「症例提示」について,読者にわかりやすく示している。
すべての医学生,遺伝カウンセリングコースの学生,遺伝学およびゲノム学領域の大学院生,すべての領域の臨床医学のレジデント・臨床医,あるいは看護・理学療法などの応用医学領域の専門職者の方々に向けて,本書には,疾病の予防・治療および健康増進に応用するためのヒト遺伝学・ゲノム学の基本的事項が丁寧かつ詳細に記載されている(だが飽きずに読める!)ことを納得いただければ幸いである。
Robert L. Nussbaum, MD
Roderick R. McInnes, MD, PhD
Huntington F. Willard, PhD
2022-10-20
【正誤表】下記の箇所に誤りがございました。ここに訂正するとともに, 読者の方々に深くお詫びいたします。
288頁 表12.7 2行3列目
(誤)1178A>G
(正)11778G>A
2022-06-17
【正誤表】下記の箇所に誤りがございました。ここに訂正するとともに, 読者の方々に深くお詫びいたします。
462ページ左段 病歴と身体所見の項目 下から8行目,4行目,2行目の3箇所
462ページ 左段 背景の項目 下から6行目
463ページ 左段 上から8行目
463ページ 左段 治療・ケアの項目 上から1行目
463ページ 左段 遺伝リスクの項目 上から1行目,5行目の2箇所
(誤)16q11.2
(正)16p11.2
2020-09-07
【正誤表】下記の箇所に誤りがございました。ここに訂正するとともに, 読者の方々に深くお詫びいたします。
217ページ右段の上から18行目
(誤) Tyr204His
(正) Tyr402His
2019-10-29
【正誤表】下記の箇所に誤りがございました。ここに訂正するとともに, 読者の方々に深くお詫びいたします。
159ページ右段の下から11行目の見出し
(誤) 量的形質における家系集積性
(正) 質的形質における家系集積性