1 ミニテストと基礎演習
2 プライマリ・ケアを実践するために
3 循環器疾患と病歴のとり方 医療面接の極意
4 心臓病の身体所見と胸部X線
5 臨床診断のロジック
6 ケース:失神
7 ケース:発熱
8 ケース:息切れ
9 ケース:下腿浮腫
10 診断プロセスのロジック 反復する胸部圧迫感を訴える45歳,女性の診断
11 患者の人生を考えた診断と治療 片麻痺を起こした28歳,妊婦の診療
検査正常値一覧
疾患索引
はじめに
筆者は1992年以来,東京大学医学部,信州大学医学部,東京医科歯科大学医学部で,四半世紀にわたって内科,循環器内科の臨床教育に従事し,講義・演習・実習・回診・ゼミ・OSCEなど様々な形態の教育をするなかで試行錯誤を繰り返してきた。ちょうど医学教育の大変革期にもあたり,欧米から様々な斬新な教授方法や医療技法が紹介され,国内でも議論され,さかんに導入される時期でもあった。PBL,チュートリアル,OSCE,CBT,医療面接,模擬患者,early exposure,クリニカル・クラークシップ,スキルスラボ,など列挙できないほどである。教育に従事するなかで気づいたことは,まず医学生が大学受験の勉強法から脱却できず優れた医師に必要な「柔軟な思考」をもつ妨げになっていること,医師を目指した当初にはもっているナイーブな「患者に寄り添おうとするモチベーション」が医学知識の充実とともに失われていく現実であった。医学生は学ぶ過程で圧倒的なボリュームの,しかも魅惑に満ちた医学を吸収し,症状・症候・病態に目を奪われる。大事なことであるが,それと同時に失われる人間性に関わる部分があると,彼らを教えながら感じてきた。
教育の方法論を考えるうえで最も大切な要素は,学生のモチべーションを高めること,疾患や症候を覚えるのではなく,基礎的な病態理解や理論をもとにして個々の患者の問題を論理的に把握する能力を養うこと,医師の五感をもって行うべき身体所見の取得,そして何より個々の患者の疾患にまつわるナラティブに関心をもつナイーブな心を涵養すること,といったゴールを実現することにあると思うに至った。旧来型の座学の講義であっても,学生の考える力を引き出すことは可能である。紙の上の患者であっても,共感を持って患者の思いや苦悩にアプローチすることは可能である。授業の形態を問わず医学教育で最も重要なことは,学生との対話であり,伝えようとするメッセージの熱さであることを体得してきた。本書はこのような試行錯誤の過程で行ってきた筆者自身の講義・演習の記録である。2年生から6年生に及ぶ様々な形態の授業を記録した。スライドやプリントなどの資料を図表として配し,学生との対話は可能な限りそのまま残した。
1章は循環器の臨床講義を始めるに際して,いかに基礎的な知識の応用ができないかを自覚してもらうために行ったミニテストとその解説である。2章は示唆に富む症例を通じて,何を目指して臨床の勉強をすべきか感じ取ってもらうために行った講義である。医療面接の3章は低学年,身体所見についての4章のクルズスは高学年で行った授業の記録であり,5章の臨床推論は,クリニカル・クラークシップを終えた学生への総括的な授業である。6章から9章のケースは,それぞれの症候から行う病態診断の過程のシミュレーションで,担当学生がポイントごとの発表を行う参加型ケーススタディである。最後の2章は少人数の学生を対象に,個別の症例の症候から,情報収集,鑑別,診断,治療方針の決定などを考えさせながら行った学生参加型のクルズスであり,最も力を入れてきた演習である。これらの授業を通じて伝えようとしたメッセージは,サイエンスとしての医学とアートとしての医療の特質,そしてその融合こそが臨床の神髄であり,臨床医に求められる資力の源泉であるという筆者の信念である。
筆者は20年に及ぶ教員生活のなかで,2つの大学で計9回,ベストティーチャーやベストプロフェッサーとして学生の投票で表彰されてきた。教員としてこれに過ぐる喜びはない。本書はその授業の記録として,医学生の勉学の参考にしていただくと同時に,医学教育に携わる多くの医師にも1つの方法論の例示として参考としていただきたく,執筆したものである。諸兄のお役に立てば幸いである。
平成29年2月
磯部 光章