ハーバード大学の医学生と循環器内科の教官が共同で作り上げたテキスト、オールカラーに生まれ変わった第4版。心臓の解剖から、生理、病態生理、心臓病の基礎知識、薬物に関してまとめ、心疾患発症のメカニズムを明解に基本から解説する。内容のアップデートに伴い、日本の実情に照らし合わせながら訳や訳注の見直しを徹底。今版でも正しい理解につながるべく、訳者の教育的配慮と熱意がこめられた一冊。
1章 心臓の構造と機能
2章 心音と心雑音
3章 画像診断と心臓カテーテル検査
4章 心 電 図
5章 アテローム性動脈硬化
6章 虚血性心疾患
7章 急性冠症候群
8章 心臓弁膜症
9章 心 不 全
10章 心 筋 症
11章 不整脈のメカニズム
12章 不整脈の臨床
13章 高 血 圧
14章 心膜疾患
15章 血管疾患
16章 先天性心疾患
17章 循環器疾患に使われる薬物
早いもので本書“Pathophysiology of Heart Disease: A Collaborative Project of Medical Students and Faculty”の翻訳に携わるようになって17年以上になる。はじめて本書を手にしたとき,どの章も数ページ読んだだけですばらしい教科書であることを実感した。もともと本書はハーバード大学医学部の学生たちが循環器病の病態生理を勉強していく際に,臨床上の様々な事象を基礎から積み上げた形で1つの流れのなかで理解できるように構成されたものである。米国の医学部では1,2年生のときにかなり病態生理に重点を置いた教育が行われ,これを基礎としてその後の極めて密度が高く厳しい臨床実習(クリニカル・クラークシップ)へと進んでいく。臨床的な判断については,最近米国では特にEBM(evidence based medicine)が強調されているため,その是非はともかく,臨床現場では数多くの大規模試験の統計結果を根拠に診断・治療を行うプロセスが重視されているが,その際にも基礎的な疾患発症のメカニズムや薬物の作用機序などをきちんと理解していることが前提となっている。筆者が以前留学していたハーバード大学マサチューセッツ総合病院でも,臨床実習に際して教官より病態生理に関するきびしい質問が繰り返し学生に投げかけられていた。米国における医学教育システムが有効に機能しているためとも思われるが,医学生の優秀さには驚かされた。
本書はわが国においても,循環器を勉強する学生,そして臨床研修中の若い医師には極めて有用な教科書である。これから循環器を勉強するという学生・研修医は,1章から読んでいくのもよいし,循環器研修中であったら担当する患者の疾患の章をまず読んで,それから関連する章に広げていってもよいだろう。たとえば心筋梗塞の患者を受け持っていたら,まず7章の「急性冠症候群」を読んでみる。各章のなかには関連項目については何章を参照せよと指示されているので,それに従って関連するページを開いていってもよい。あるいは自分で冠動脈疾患の発症機序についてもう少し理解を深めるために,5章の「アテローム性動脈硬化」,そして心電図変化の基礎的事項の知識整理を兼ねて4章の「心電図」というように広げていけば,担当する疾患以外の病態にもより深い知識が得られることになる。
各章の記述は分子・細胞レベルからスタートして,心臓・血管という臓器,循環器系としてのシステムまで,最新の知見を含めてかなり詳細に記載されている。しかも,それが専門的になりすぎないで簡潔にまとめられているため,その分野でのとても質の高いレビューになっている。読者によって領域が異なるとは思われるが,普段あまり接していなかったり,とっつきにくいと感じている項目(たとえば胎生期の心発生の流れ,あるいは活動電位とイオン電流など)について,一度知識を整理しておきたいと考えた場合にも十分役に立つであろう。
翻訳版初版を2000年に刊行して以来,幸い多くの方々からご好評をいただき,翻訳者としては喜ばしいと同時に大きな責任も感じている。この間何回かの原著改訂時にも行った作業ではあるが今回の原著の改訂版の翻訳にあたっても,すべてを見直すところから始めた。この本の特徴は何と言ってもハーバード大学医学部の学生と教官による共同作業でつくられたということであり,学生は当然入れ替わっているが,教官のほうも一部変更がある。内容によっては大きな変更のない章もある一方,数年の間でも進歩の早い分野については,Boxの形で新知見が述べられたり,第5章(動脈硬化)のように改訂のたびに意欲的に大幅な変更が行われているものもある。いずれも執筆者の個性と努力が文章のところどころに見える改訂になっている。
これまでと同様,最近のデータや臨床研究結果,米国とわが国では事情の異なるもの,あるいはごく最近の変化により若干解説が必要な事柄については訳注をつけて解説を加え,よりアップデートされたものになるようにした。また,急性冠症候群で使用する薬剤など欧米では診療ガイドラインで標準薬として使用されているものが本邦では使用できないという現実など,保険適用承認の関係でわが国の現状と合わない点についても訳注を参照されたい。
翻訳にあたっては,できるだけ日本内科学会,日本循環器学会の用語集に準じた形で用語を統一した。しかしながら,日常一般に使われる用語についてごく一部,あえて用語集に従わなかったものもある。また,英語のままで使用されることがほとんどで日本語にするとかえって奇異に感じられるものについては,ごく少数ではあるが英語のままの表記としたところもある。
今回は長男川名正隆(スタンフォード大学医学部循環器内科)にも加わってもらい3名で翻訳にあたった。翻訳作業とディスカッションを通じて,循環器診療に関するリアルワールドでの日米の差を数々の場面で実感することができたとともに,訳者自身も心血管系すべての領域にわたる基礎的知識の確認と整理をすることができた。あらためてこの本は医学生,研修医のみならず,循環器専門医にとっても大いに役立つものと感じている。
今回の発刊にあたり,用語統一や校正などで多大なご尽力をいただいた(株)メディカル・サイエンス・インターナショナル 豊嶋純子氏に深謝する。
2017年8月
川名正敏
川名陽子
川名正隆