管理職に求められる問題の解決方法やマネジメントスキルを医療現場特有のケースを用いて学べる入門書。対人関係、組織行動、課題達成、病院経営、自己管理におけるスキルに関して、医療現場で想定される問題に当てはめながら、会話文例や経営・経済理論を交えて解説する。ハーバード大学公衆衛生大学院で医療政策・管理学修士号を取得し、現在は臨床・経営・卒後研修管理の第一線で活躍する著者が、管理職として戦う武器を授ける。
第 1 章 対人関係スキル
スタッフから信頼されて協働できるように
Case 1 病棟の在院日数を減らすよう指示が出たとき
リーダーシップ
Case 2 診療方針について意見が対立するとき
行動変容
Case 3 自信過剰な若手の指導に悩んだとき
教育的コミュニケーション
Case 4 部下のやる気を取り戻すには?
モチベーション管理
Case 5 病棟の空きについて他科と交渉するとき
コンフリクト・マネジメント
第 2 章 組織行動スキル
組織を円滑に動かしたい
Case 6 問題行動をするスタッフに困ったとき
部下マネジメント
Case 7 意見の異なる上司とうまく議論をするには?
ボス・マネジメント
Case 8 栄養サポートチームがチームとして機能するのか不安です
チームマネジメント
Case 9 斬新な提案が老獪な幹部の抵抗にあったとき
組織政治とパワー
Case 10 職業的ジレンマに悩んだら?
医療倫理と組織倫理
第 3 章 課題達成スキル
日々発生するトラブルを解決して課題を達成したい
Case 11 院長から入院患者数が伸びない原因と
対策を考えるように言われました
思考方法
Case 12 投薬エラーの再発を防ぐには?
問題解決方法
Case 13 仕事の割り振りに困っています
タイム・マネジメント
Case 14 多職種が集まる会議のリーダーを任されたとき
ファシリテーション
Case 15 新しいマニュアル作成を引き受けたとき
ナレッジ・マネジメント
第 4 章 病院経営スキル
病院全体を俯瞰できる力を身に付けたい
Case 16 地域包括ケアシステムを意識した病院システムを考えるとき
今後の医療制度
Case 17 病院未来プロジェクトの参加が決まり
経営の方向性や戦略を考えるとき
経営戦略
Case 18 新たな検査を導入して赤字にならないか悩むとき
財務会計
Case 19 患者の取り違えが起こってしまったとき
医療安全
Case 20 脳卒中患者の急性期リハビリテーションの質を改善するとき
医療の質改善
Case 21 採血の待ち時間を短縮するには?
オペレーション・マネジメント
第 5 章 自己管理スキル
自分を守るためにこれだけはおさえておきたい
Case 22 自分が出勤できなくなったとき
ストレス・マネジメント
Case 23 院外の後輩から相談を持ち込まれたら?
メンタリング
Case 24 今後のキャリアについて考えるとき
キャリアデザイン
スキルチェックリスト
column
■ チーフレジデントになるまで
■ 手探り状態の沖縄チーフレジデント時代
■ 沖縄県立南部医療センターに着任
■ 沖縄県立南部医療センターでのチーム医療
■ 関東労災病院に着任
■ 東京に衝撃!
■ ハーバード留学経験
■ ハーバード留学経験Part2
■ 関東労災病院復帰後
本書を読みはじめるあなたへ
ミドルマネジャーとは
本書では,医療管理職1 年目の皆さんのことを「ミドルマネジャー」と定義します。日本語に直訳すると「中間管理職」。このフレーズにどんな印象を持ちますか? 上司と部下に挟まれているオジサン,いつも靴底が擦り切れて疲れているサラリーマンなどをイメージしますか?
私はミドルマネジャーこそが,組織を変えうる力を持っている存在であると考えています。それぞれの職場で活躍できるということは,医療を通して地域社会に貢献しているといっても過言ではありません。医療機関のミドルマネジャーには,各診療科部長・副部長・医長クラス,病棟師長・副師長クラス,各医療職部門の部門長や主任,また医療安全管理者や感染管理者などが当たります。
ミドルマネジャーの定義としては,「現場レベルの事象を記述することができ,かつ組織全体を見渡すことができ,組織外でも活動することができる,日常的に担当領域の業務を管理する立場の人」と言えるでしょう。病院で働くミドルマネジャーを簡単に言えば,現場での仕事を回しながら,病院全体の方向性を理解している,そして学会や勉強会などのネットワークを持って専門性を磨いている人になります。
ミドルマネジャーには,専門分野の進化や地域競合相手の変化に応じて,部門や部署の方針を立案することが求められます。そして,その方針に向かって部門・部署組織を動かすことができるように,スタッフの教育や行動を変容しなければなりません。そういう意味ではリーダーシップが必要です。
一方で組織をマネジメントしなければなりません。指揮命令系統や報告連絡体制を管理して,皆さんからスタッフを結ぶラインを構築します。スタッフとコミュニケーションをとって,業務しやすい環境を整え,モチベーションを与え,質や安全性の高い医療を提供できるようにマネジメントを行います。そのためには,時には他の部門から設備や予算をぶんどってくることもあるでしょう。最近は育児や介護などを行う人が増え,「働き方改革」を推進するためにも,以前よりもワーク・ライフ・バランスに考慮した複雑な人材管理をしなくてはなりません。ミドルマネジャーは,リーダーシップもマネジメントも兼ね備えた役割が求められています。とは言っても,肩肘張る必要はありません。本書は,実際の医療現場で生じている悩ましいケースを元にして,それぞれの問題を解決できるように構成しています。決してカリスマ医療者の武勇伝や自己啓発本ではなく,経営理論に基づいたマネジメントを医療現場で使えるスキルにして紹介しています。本書にある24 のエッセンスを知っておけば,今までよりも肩の荷が下りて働きやすくなるはずです。
ミドルマネジャーに求められるスキル
皆さんは医療機関のミドルマネジャーとして,どういったスキルを必要とするでしょうか? 組織全体を見る視点,部門や部署の運営,問題解決や意思決定,自分自身のコントロールなどが挙げられます。もちろん,それ以外に皆さんの職種に必要な専門知識や技術,スタッフへの教育などもあります。そんなに簡単なことではありませんが,対人関係スキル,組織行動スキル,課題達成スキル,病院経営スキル,自己管理スキルの5 章に分けて見ていきます。
・ 対人関係スキル(第1 章)
ミドルマネジャーは,診療現場において,スタッフ個人を動かさなければならない場面を多く経験します。そこには人間の感情や行動に対して影響をもたらすスキルが求められており,リーダーシップ,行動変容,教育的コミュニケーション,モチベーション管理,コンフリクト・マネジメントなどが挙げられます。心理学や組織行動学を背景に構築された実践方法を知ることで,仕事がはかどるに違いありません。
・ 組織行動スキル(第2 章)
ミドルマネジャーは与えられたミッションやビジョンを達成するために,組織をマネジメントしなければなりません。そのためには,部下マネジメント,ボス・マネジメント,チームマネジメントの方法論,組織政治とパワー,医療倫理と組織倫理を理解することで,組織全体を動かす武器を手に入れることができるでしょう。実力だけでは突破できないハードルを越えるためにも,知っておいて損はありません。
・ 課題達成スキル(第3 章)
時間がない中で何とか仕事を回すのが皆さんです。ルーチンワークもありますし,答えのない問題を解決しなくてはならないこともあります。思考方法,問題解決方法,タイム・マネジメント,ファシリテーション,ナレッジ・マネジメントなどの業務を遂行するスキルも身につけることで,より効率的,効果的に仕事を進められるはずです。
・ 病院経営スキル(第4 章)
よき管理職になるには「一つ上の職位の視点を持って,業務に当たること」が条件の一つになります。一つ上の職位とは,院長,師長,部門長,部長などでしょうか。専門分野の知識に加えて,医療制度や病院経営の理解が必要不可欠です。さらに今まさに医療システム,病院診療体制が変化している渦中にあります。今後の医療制度,経営戦略,財務会計,医療安全,医療の質改善,オペレーション・マネジメントを理解することで病院が向かう方向性を考えることができます。
・ 自己管理スキル(第5 章)
皆さんは,これまで仕事にも勉強にも専念してきて,その努力や実績が認められて管理職になりました。やりがいや達成感を持てればよいですが,実際には思いもしなかったストレスや悩みを抱えるかもしれません。そんなとき,自分自身を守り,自己の器を広げ,充実したキャリアや人生を送るためにも,ストレス・マネジメント,メンタリング,キャリアデザインの視点は,絶対に皆さんの助けになるはずです。
本書のねらい
全国には,多くのミドルマネジャーが現場に踏みとどまり業務を行っています。医師だけでなく,看護師,薬剤師,検査技師,放射線技師,リハビリテーション技師,栄養士,臨床工学技士など医療現場に従事するあらゆる職種の管理職が日々奮闘しています。また将来のミドルマネジャー候補であり,現場スタッフの指導を任されている若き医療者たちも同じ悩みを抱えながらも頑張っていることでしょう。
私が一緒に活動していた感染管理看護師や医療安全管理者は,病院のあらゆる問題が彼女たちに集中している中,現場に行き,マニュアルやルールを作り,職員を教育して,医師や病院に対して変化を促していました。常に時間に追われ,個人からも組織からも抵抗され,ストレスやプレッシャーを抱えながら戦っていました。全国どこの医療機関にも,同じような医療者がたくさんいます。医療機関の規模によっては,孤立無援の状況に陥っている医療者も少なくありません。
私は皆さんにエビデンスやベストプラクティスを届けることはできませんが,24 の武器を分かち合い,医療現場において効率よく,効果的に,ストレスを減らして,さらには周りの人たちと楽しく,やりがいを持って働いて欲しいという想い,希望,期待,願い,すべてを込めて作りました。
どうぞ最後までお付き合いください!
小西竜太