国際的医学雑誌査読者への調査結果から200以上の原則を導き出し、論文作成の指針を提示したロングセラー、19年ぶりの改訂。POWERの原則(計画Planning・観察Observing・執筆Writing・編集Editing・修正Revising)として5つの部に分けて解説。改訂に際し「再現性のある研究」という概念に基づき再構成。論文作成のハウツー本とは一線を画し、論文にする価値のある研究をいかに科学的に計画、実施するかに関しても懇切丁寧に詳述。“よい研究”に基づいた論文を目指す人のための指南書。
第1章 はじめに:20 の原則
■第Ⅰ部 研究のプラニング
第2章 研究の準備
第3章 研究方法
第4章 バイアスへの対処
第5章 データ収集/ケース報告票
第6章 再現性のある適格基準
第7章 ランダム化,ブラインド化,および守秘性
第8章 エンドポイントとアウトカム
第9章 サンプルサイズとパワー
第10章 現代的な統計学的手法の立案
第11章 よくある批判を避けるために
第12章 出版されやすい論文を書く
■第Ⅱ部 研究の実施と分析
第13章 データの収集と欠測データの扱い方
第14章 データの解析:「再現性のある研究」のための統計解析
第15章 データを解釈する
第16章 単変量解析
第17章 ノンパラメトリック検定
第18章 マッチングと傾向スコア
第19章 多変量解析とモデルのバリデーション
■第Ⅲ部 執 筆
第20章 論文のタイトル
第21章 Abstract
第22章 Introduction
第23章 Methods
第24章 Results
第25章 Discussionと結論
第26章 Reference
第27章 企業からの論文
■第Ⅳ部 編 集
第28章 投稿直前の論文にまで仕上げる
第29章 細かな,しかし重要な事項
第30章 文章を磨く
第31章 注意すべき表現
■第Ⅴ部 修 正
第32章 最終原稿を修正する
第33章 カバーレター
第34章 査読者のコメントへの対応
付 録
A.医学雑誌掲載のための学術研究の実施,報告,編集,および出版に関する勧告
B.査読者質問票
C.データ収集票
D. ヘルシンキ宣言―人間を対象とする医学研究の倫理的原則
オーサーシップ闘争の賦:多施設,前向き,無作為の詩(うた)
訳者序文
本書の著者のDaniel Byrne 氏には,本書の初版の邦訳が取り持った縁で,2010年に奥様と御一緒に京都でお会いしたことがあります。日本のある大学に講演に招かれ来日したので,京都で会えないかという連絡が突然彼からきたのです。夕食をご一緒し,当然この本について話が盛り上がり,とても楽しいひとときを過ごしました。そのとき彼が,悪戯っぽく笑いながら,第16章の表1(色々な検定法の使用条件を1 枚にまとめた表)は,「cheating paper(カンニング用紙)なんだ」といったことを今でもよく覚えています。もちろん彼特有のジョークなのですが,確かに多くの検定をどういう場合に使うかが一目瞭然でとても便利な表です。しかし,不思議なことにこうした表を私は未だに,他の本で見かけたことはありません。わかりやすく情報を伝えることに彼がいかに腐心しているかがここにもよく表れていると思います。そして,別れ際に彼から,数年後に新版を出すので,また翻訳をお願いできるかと言われ,快諾しました。しかし,その後何年たっても新版発行のニュースは届かず,もう出版はないのかなと思っていたところ,昨年,翻訳の依頼が舞い込み,漸くそのときの約束を果たすことができることになったのです。
第2版とは言え,一段と内容が増した本書の翻訳は,思ったより時間がかかり,約3か月を要しましたが,非常に有意義なものでした。なぜなら初版からほぼ20年経って書かれた本書は,その間の新しい動きを知るよい機会となったからです。初版と大きく異なるのは,「再現性のある研究reproducible research」という概念が全編を貫いていることです。「再現性のある研究」とは,論文を,データと分析に用いた統計ソフトのコーディングなどとともに公開する動向を象徴する用語で,今後益々その傾向が強まっていくものと考えられます。また,「学習する医療システムlearning health care system(LHS)」として彼が務めるバンダービュルド大学で始まっている「コーネリアスプロジェクトCornelius project」にも感銘を受けました。病院が丸ごと研究の場となり,電子カルテに組み込まれた統計プログラムによって,リアルタイムでサンプリング,ランダム割り付け,介入,評価がなされ,短期間で成果が実装されていくこうした動きは,実際的臨床試験pragmatic clinical trial (PCT)やインプリメンテーション研究(拙訳:「健康行動学―その理論,研究,実践の最新動向,メディカル・サイエンス・インタナショナル,2018年の第16章」をご参照ください)の概念を内包しながら,2010年以降,米国の著名医療機関を中心に広がりつつあります。日本でも遠からずその波が押し寄せてくることでしょう。
こうした新しい学びに加えて,本書には初版以来の原則がしっかりと貫かれています。それは,「研究自体がよくなければよい論文はありえない」という当たり前の原則です。このため本書は,よくある「論文の書き方」のハウツーものではなく,研究デザイン,バイアス,統計解析のあり方など,論文にするだけの価値ある研究をどのように実施すればよいかについて懇切丁寧に説明し,その上で,論文の論理構成や望ましい英文表記など,「優れた研究を優れた論文にする」ためのノウハウを提供してくれているのです。疫学や統計の本をいくら読んでも論文の書き方はわかりませんが,本書を読めば,論文の書き方だけではなく,疫学や疫学的思考法,統計も効率よく学ぶことができます。読者は,「一挙三得」のような感覚を覚えられるに違いありません。
そして本書のもう1つ優れた点は,著者の独りよがりのアドバイスに陥らないように,一流誌の多数の査読者やエディターに対するアンケート調査の分析に基づいて書かれていることです。その意味では世界の査読者やエディターの長年にわたる査読経験のエッセンスが凝縮された本であるといっても過言ではありません。翻訳し終えて思うことは,本書を精読することによって読者は,新しい時代の研究と論文のあり方に目が開かれるに違いないということです。私たちの翻訳の努力が少しでもその役に立つことを願ってやみません。
2019年2月5日
共に定年を心待つ春近き洛都にて
木原 正博
木原 雅子
序文
「批判的精神を重んじよworship the spirit of criticism」とは,かのパストゥールが弟子たちに残した名言の1 つです。今日,その意義を理解できない研究者はまずいないでしょうが,現実には,研究者は,そうした批判よりも,“ある人たち”,つまり論文の査読者peer reviewer からの誉め言葉を待ちこがれているのが実状です。残念なことに,毎年,何十万という論文がリジェクトの憂き目を見ていますが,幸いなことに,リジェクトの原因のほとんどは,注意さえすれば避けることができるものばかりです。
科学的論文の書き方に関する本は数多く,その中でもDay ら(2011)と,Huth(1999),Browner (2012),Hall (2012)によるものは特に有名です。そうした良書がある中で,私があえて本書を書こうと思い立ったのは,研究のデザインや,論文執筆の際に陥りやすい問題を,どのようにして回避すればよいかを伝えたいと思ったからです。
査読者の批判の多くは,研究者が,研究や出版のプロセスをよく理解し,その基本的ルールを頭に入れてさえいれば回避できるものばかりです。本書では,200以上の原則を,5つの部に分けて論じています。つまり,計画Planning,観察Observing,執筆Writing,編集Editing,修正Revising で,その頭文字をとると,POWERとなります。このPOWERの原則を守れば,論文は必ずアクセプトされやすいものとなります。また,本書が提供する情報は,あなたが新しい医学的知見を評価し,必要な知識を取捨選択する上でも必ず役に立つことでしょう。
本書を書くにあたって,私は多くの専門家に調査協力を依頼しました。その中には,著名な医学誌の編集長,ノーベル賞受賞者などが含まれています。加えて,私は,何百という実際の査読コメントを読んで,そこに共通するものを探り,有益な教訓を抽出しました。それが本書で示す「原則principles」であり,なるべくわかりやすく簡潔な形で示すとともに,査読者のコメントの実例を短く例示しました。ただし,コメントについては,プライバシーが保たれるように,必要に応じて,表現を変えたり,一般的な表現に改めたりしています。
本書は,様々な関連領域(例:疫学,情報学,医学統計,メディカルライティング,グラフィックデザイン)の専門家とうまく共同しながら研究を進めたいと考えている研究者のために書かれたものであり,論文をアクセプトされやすくするための指針を集めたものです。本書の情報は,研究チームを束ねる立場にある人がさらに研究費を獲得していく上でも役に立つと思われます。本書は臨床的研究に一応の照準を合わせてありますが,ここに掲げた原則のほとんどは,それ以外の研究分野にも当てはまるものばかりです。本書は,統計,疫学,書き方について,そのすべてを網羅することを目的とするものではありません。細かい専門的な事項については,専門家に相談したり,最新の専門書を参照して下さい。
最後に,アクセプトされる論文を書くためには,時間や労力を厭わず,それに集中することが必要です。決して容易なことではありませんが,そうすれば,論文が出版され,それが科学に貢献するという喜びを得ることができるのです。臨床心理学者で教育者であるAnne Roe は,次のように述べています。「研究は,それが発表されなければ,何の科学的価値もない」
Daniel W. Byrne