臨床でよく出会う小児神経領域の疾患を網羅した画像診断の解説書。読影ミスしやすい画像を含め厳選し、ポイントを端的に解説、通読出来るボリュームにまとめた。画像の理解を手助けする、解剖図やシェーマを豊富に掲載。原著者と同じ施設に勤務する放射線科出身の小児神経科医である訳者が、細部のニュアンスまできめ細やかに訳出。読影の基本を身につけ迷いのない診断につなげたい小児科、神経内科、脳神経外科、放射線科領域の医師に適した臨床テキスト。
Part 1 小児神経放射線診断の概論
Part 2 脳画像
Part 3 頭頸部画像
Part 4 脊柱画像
Part 5 補足資料
原著序文
本書を執筆したきっかけは,ある小児病院で神経放射線科医として勤務し始めた最初の数年間にある。日々,レジデントやフェロー,さまざまな指導医と接している際に,小児神経放射線科の基礎を学んで検討するのに良い教材はないかとよく質問を受けた。詳細に記載されており,それゆえにそれなりの値が張る教材は存在するが,そうした教材は神経放射線科医や閲覧専用図書館にとってこそ役に立つものである。しかし,持ち運べる薄さと軽さで,日常的に使用できるような実践的な内容を備え,トレーニング中のレジデント・フェローが利用しやすいながらも十分に詳細で,かつ手頃な価格であり,放射線科,神経科,脳神経外科のレジデントたち(耳鼻咽喉科,眼科,整形外科,遺伝科,小児科,その他の科も言うまでもなく)が自分で購入してもよいと考えるような書籍は,これまでにまったく存在しなかった。
こうした経験から,本書の執筆の構想が生まれ,何年もかけて加筆と修正を繰り返してきた。そうしているうちに,放射線科界の偉人たちが結果的に分厚い教科書を執筆してきた理由を明確に理解することができた。そして,50 ページ足らずであらゆる情報を含む教科書を世に送り出すことなど不可能だと実感した。それでもなお,あなたが今読んでいる本書は,小児放射線科の基礎を学びたいと切望する読者にふさわしい本であると私は信じている。
本書の内容は,私が診療を始めて最初の5 年間でみた症例をもとにしているが,私が経験した非常に多くのまれな疾患画像はあえて掲載していない(乳児の黒色性神経外胚葉性腫瘍,メチルマロン酸血症など)。私はルボーナー小児病院(Le Bonheur Children’s Hospital)にいる間に,750 例以上もの小児脳腫瘍患者に対して画像検査・手術計画を行ってきた。しかし,小児脳神経腫瘍の教科書を目指して本書を執筆したわけではないため,そうした難解な症例の多くにはあえて触れていない。また,250例を超える小児のfunctional MRI や多数のもやもや病小児患者のmulti-delay ASL perfusion など,多くの最先端画像を撮影してきたが,本書は高度な画像技術の習得を目的としたわけではないため,それらについても掲載していない。
代わりに本書では,包括的な情報を何でもかんでも詰め込むことは意図的に避け,実践的な小児神経画像診断の核となる部分に重点を置いた。本書の目標は,世界で数十例しか報告がないまれな症例画像の診断がつけられるようになることではなく,小児でよくある疾患画像を安心して自信をもって読影できるようになることである。私が本書を執筆したのは,正常な小児画像を過剰診断してしまう(例えば,頭蓋冠縫合を骨折と誤診することなど)ことを減らすと同時に,逆に成人画像とは異なってみえる小児画像を過小診断してしまう(例えば,骨折を頭蓋冠縫合と誤診することなど)ことを減らすためである。臨床現場で混乱しがちな疾患として,Dandy-Walker奇形スペクトラム,そして,Dandy-Walker 奇形スペクトラムと誤診される病的意義のない正常変異があるが,それらの鑑別を明快にしたいという思いから,本書にも掲載してある。そうしたことから,私の教育用ファイルからすぐに例を挙げることができないほどまれな(もしくは過去5 年間に実は経験したが見落としてしまったかもしれない)病気の経過は,ごく少数の例外を除いて割愛した。ルボーナー小児病院に所属していた間には経験していない症例についても,本書のなかでいくつか言及している。例えば,(私が東海岸で研修中に何度も経験した)ライム病などは他の地域ではとてもよく遭遇する症例であるし,Coat 病は臨床診断技術の進歩により放射線科医によってCT やMRI で診断されることはもはやほとんどなく,眼科医により網膜芽細胞腫と鑑別がつくが,歴史上重要である。加えて,成人の放射線科領域と大幅に重複する内容,特に膠芽腫や急性期脳卒中など,成人と比べて小児ではずっとまれな疾患領域は,一般の神経放射線科教科書ほど包括的に記載していない。可能であれば,特定の話題についてさらに学べる参考資料,特にそうした話題を綿密に言及している総説の情報もご覧いただきたい。それら多くの総説は,Radiographpics, Neurographics, American Journal of Neuroradiologyなどの出版物で確認できる。
本書は小児放射線科領域の包括的な著作に取って代わるものではない。また,そのような目的では執筆していない。本書では,より多くの読者が小児神経疾患の画像を理解できるようになるための基本を扱っている。本書をまず読めば,参考図書や査読済み科学文献などでさらに詳しく画像を分析しても理解できるようになるだろう。本書を通じて,以上に述べたような具体的な目標を読者の皆さんがきちんと達成できることを願い,かつ,それを信じている。読者の皆さんが本書で学び,教育や臨床診療にどのような変化があったか,フィードバックいただける日を心待ちにしている。
Asim F. Choudhri
訳者序文
チョードリー先生は信念の方です。そして,その信念は常に患者に対して向けられています。私がメンフィスに来て良かったことは無数にありますが,そのうちの1 つはチョードリー先生との出会いでしょう。
私がルボーナー小児病院で小児神経科フェロー研修を始めた最初の年に,10 代半ばの患者が深夜に急性片麻痺で運ばれてきました。診断は中大脳動脈の脳梗塞。問題はTPA(血栓溶解療法)を行うべきか否か,でした。アメリカでも小児へのTPA 適応基準は定まっていません。TPA の適応時間が過ぎようとしていました。そんな中,私の隣にチョードリー先生がいました。午前2 時であるにもかかわらず,その子の緊急画像撮影のために自宅から駆けつけてくれたのです。TPA 投与をためらう私の隣で,チョードリー先生は穏やかに,しかし敢然と言いました。「この子は若く将来がある。TPA が禁忌でないなら投与するべきではないか? 僕らは患者の未来を最善にする努力をするべきだ」。その一言が私の背中を押してくれ,この患者は私がTPA を投与した小児患者第1 号となりました。幸いにもその子は驚異の回復を見せましたが,それはまた別の話となります。
私は今ではアメリカで小児神経科医をしておりますが,2001 年に旭川医科大学を卒業した直後は同大学の放射線医学講座に進みました。画像診断の基礎を故 高橋康二教授(当時助教授)の下で学ぶ僥倖に恵まれました。高橋先生はとても穏やかなお人柄で,誰にでも敬意を払い言葉を選んで優しく接してくださる,医師の鏡でした。高橋先生は,後に放射線科医を辞めて小児科医に転向した私のことを気にかけてくださっていたと噂でお聞きしました。あの頃に高橋先生が私につきっきりで肺のCT 画像の読み方を教えてくださったお姿を偲び,心より感謝とご冥福をお祈り申し上げます。
2001 年度後半は,旭川厚生病院でIVR(Interventional Radiology)の大家である齋藤博哉先生(現 札幌東徳洲会病院 放射線診断科 画像・IVR センター長)のもと,IVR と画像診断に加えて,がん患者を中心とした病棟管理に従事する機会を得ることができました。当時,齋藤先生のもとには外科医である庄中達也先生(現 旭川医科大学 外科学講座 消化管外科学分野)が短期間,放射線科を学びに来ていました。庄中先生は私の医師人生で初めて「兄貴分」と呼べる先輩医師でした。当時,庄中先生が私を諭してくれたことがあります。「外科医の視点からは画像で腫瘤を認めたら良性か悪性か,そこが最も重要なんだ。そこを放射線科医が“良性かもしれないし,悪性かもしれない” とレポートしても,治療方針にも患者の将来にもまったく役に立たない。齋藤先生はそんなときに一緒になって外科医と考えてくれる。患者と臨床医の立場になって読影しろ」。
私が診ていたがん患者が亡くなった夜,家族の前で泣くのをこらえ,絞るように初めて死亡宣告したときも,私の横で庄中先生が見守ってくれていました。その患者の部屋を出た後,庄中先生は一言声をかけてくれました,「桑原先生,おごそかでよかったよ」。春近くでも雪が降る旭川の路上で,放射線科を去り,大阪の研修病院に出ることを決めた私に齋藤先生がかけてくれた言葉も今でも忘れられません。「桑原,他の科に行っていろんな患者を経験することは,絶対に患者の将来のためになる。お前はどこに行っても俺らの仲間だ。がんばれ」。私は旭川厚生病院放射線科にいた半年で本当にいろんなことを学ばせていただきました。
…
アメリカに渡り,あるとき,ルボーナー小児病院の7 階病棟(小児神経科病棟)を回診していると,そこにいるはずのないチョードリー先生が歩いていました(放射線科読影室は地下)。聞くと「みたことのないような疾患の患者の画像に出会ったから,実際にベッドサイドまで診察しに来た」。皆さんの周りには,果たして患者のベッドサイドまで来て確認する画像診断医はどれだけいるでしょうか。放射線科医から小児科医へ転向してから長い年月が経ちましたが,チョードリー先生の放射線科学に対する真摯さと接していると,患者のためにできる最大限のことをしようという気持ちで満ち溢れていたあの旭川の放射線科研修医時代に戻ったような感覚を覚えるのです。
日本は医療画像大国です。しかし,アメリカとは異なり,膨大な数の画像枚数を支えるだけの放射線科スタッフが揃っておらず,多くの場面で現場の臨床医自身が読影しなくてはいけません。画像の本は数多く出版されているにもかかわらず,これまでの日本では「忙しい臨床現場でまず必要な小児神経画像の知識を体系的に通読できる」本がなかったように思います。チョードリー先生は本書でそれを実現しました。私はこの本を手にした瞬間に「絶対に翻訳する。そして日本の子どもたちを守る医療者みんなと共有しよう」と心に誓いました。
本書の出版にあたって,チョードリー先生とその奥様で小児神経眼科医であるディッタ先生(Dr. Lauren Ditta),私を日々優しく支えてくれるルボーナー小児神経科の指導医たち(Dr. James Wheless, Dr. Amy McGregor, Dr. Stephen Fulton, Dr. Namrata Shah, Dr. Robin Jack, Dr. Elena Caron, Dr. Basanagoud Mudigoudar, Dr. Sarah Weatherspoon, Dr. Marianna Rivas-Coppora, Dr. Amy Patterson),辛い修行時代をともに過ごした最高の小児神経フェローたち(Dr. Paola Castri, Dr. Andrew Schroeder, Dr. Gian Rossi, Dr. Omer Abdul Hamid, Dr. Cerin Jacob),小児神経科の温かいスタッフの皆様,1972 年から46 年以上にわたってメンフィスの小児神経科で勤務されて,誰からも尊敬されている五十嵐正宣先生,「最後の砦」である小児集中治療室(PICU)と心臓血管集中治療室(CVICU)で日々私を励ましてくれる木村大先生,メンフィスでお世話になった日本人医師とそのご家族の皆さま(稲葉寛人先生,吉原宏樹先生,森山貴也先生,牛腸義宏先生,田中竜馬先生,谷澤雅彦先生,松岡伸英先生,亀井聡信先生,濱武継先生,齋藤和由先生,稲垣健悟先生),ルボーナー小児病院で出会えた多くの患者とそのご家族,毎週リンクで一緒に過ごす最高のアイスホッケー仲間であるBartosch 家(Aaron, Emily, Samuel, Elena, Ruthie)とJohn Weeks,進むべき道に導いてくださったミシガン小児病院の浅野英司教授,本書の担当編集者であるメディカル・サイエンス・インターナショナルの長沢雅氏,豊嶋純子氏,後藤亮弘氏に心よりお礼を申し上げます。
異国の生活を遠く日本から応援してくれている両家の両親へ。父母への感謝の念は絶えることがありません。私と晶子の心にはいつでも北海道と大阪のふるさとが生きています。
最愛の家族である晶子,佑和,大和へ。本書の出版は君たちの温かい応援がなければ成し遂げることができませんでした。君たちと一緒に歩む毎日が特別な日です。そばで支えてくれてありがとう。
最後に,日本の読者のみなさまへ。まずは本書を手に取って通読してみてください。お忙しい方でも,1 日1 章読めば1か月で読めます。みなさまが過去に見聞きした“点” の知識が,チョードリー先生が洗練にまとめた各章によって,少しずつ繋がって“線” となっていくことが実感できるでしょう。メンフィスからぜひ多くの日本の読者に熱いチョードリーイズム“Choudhrism” が届いて,子どもたちの未来につながっていくことを切に願っています。
2019 年1 月 テネシー州メンフィスにて
桑原 功光
Division of Pediatric Neurology
University of Tennessee Health Science Center
Le Bonheur Children’s Hospital, Memphis, TN