疫学研究の分析と解釈のしかたを指南した名著
ジョンズホプキンス大学公衆衛生大学院の疫学(中級コース)の講義内容をもとに書籍化。観察的疫学から正確な結論を導くための、論理と数理を踏まえた分析と解釈のあり方を提示。600の文献を踏まえて作成され、369もの精選された図表を用い、40の基本的数式に基づく「具体的な計算例」を通して細やかに解説。誤差による研究の「無意味化」を防ぐべく、疫学研究の各プロセスの意義やそこで生じうる問題を、前提となる「仮定」を強調しながら明らかにする。
第I部 はじめに
第1章 分析疫学における基本的な研究デザイン
第II部 疾患の頻度と関連の測定
第2章 疾患の発生と存在の測定
第3章 曝露とアウトカムの関連を測定する
第III部 妥当性を脅かす要因と解釈の問題
第4章 妥当性を脅かす要因を認識する:バイアス
第5章 非因果的関連:交絡
第6章 効果の非一様性の定義と評価:交互作用
第IV部 妥当性を高めるための分析戦略
第7章 層化と調整:疫学における多変量解析
第8章 質保証と質管理
第V章 疫学研究の結果の報告と応用
第9章 疫学研究の結果の公表
第10章 公衆衛生政策と疫学の役割
本書は,ジョンズ・ホプキンズ大学公衆衛生大学院の疫学の中級コースの講義内容を教科書 にしたもので,私たちが,京都大学大学院医学研究科社会疫学分野における教育研究で座右の 書としてきた教科書の1つです。本書を一言で言えば,観察的疫学から「正確な」結論を導くた めの,論理と数理を踏まえた分析と解釈のあり方をまとめたものということができます。そし て,本書の特徴は,類書のように単に概念の紹介にとどまるのではなく,600の文献を踏まえ て作成された,実に,369もの精選された図表を用い,かつ40の基本的数式に基づく「具体的 な計算例」を通して,「精密に」解説されているところにあります。恐らく現在入手できる最高 の疫学書の1つと言って過言ではありません。 疫学研究には,仮説設定,研究のデザイン,サンプリング,データ収集,データ分析,分析 結果の解釈,論文出版というプロセスが含まれます。そして,この中のどのプロセスで誤差が 生じても,研究は,極端な場合,「無意味化」してしまいます。本書はこれらの各プロセスの意 義や,そこで生じうる問題を,前提となる「仮定」を強調しながら,1つひとつ緻密に解説して いきます。 まずは,研究のデザインです(第1章)。疫学では,集団中に経時的に生じるイベントの頻度 が測定されますが,著者らは,「1枚のコホート図」に基づいて,観察的研究の各デザインを, コホートプロセスからのデータの切り取り方が異なるアプローチとして体系的に説明し,3つ の仮定(均一性,打ち切り・脱落の独立性,経時変化の不在)を強調しつつ,各デザインからど のような指標の推定値が得られるかを解説しています(例:ネステッド・ケースコントロール 研究からは人時発生率比が得られる)。私たちは内外の多くの教科書を読み比べてきましたが, 研究デザインの説明としては最も合理的で優れたものと思われます。また,この章では,生態 学的研究とマッチングの利点と欠点も実証的に解説されています。 次に,これらの研究デザインから得られる頻度の指標(発生率,存在率[有病率],オッズ) (第2章)の算出方法と,その「差」と「比」から作られる関連associationの指標(第3章)の説明 が続きますが,これらの指標は,同じコホートプロセスから異なる角度で切り出されたもので あるがゆえに,必然的に相互に数学的につながっています。ここでは,21の数式によってそ の数学的関係が示され,指標間の相互関係(互換性)が明確に示されています。入門書の曖昧さ に飽き足りなかった人には朗報と言えるでしょう。そして,ここでは,指標間の近似性が, 「希少性の仮定」の上に成り立つものであることが,繰り返し強調されていますが,これは仮定 を無視した解釈が絶えないことへの著者らの警鐘と考えられます。また,この章では,オッズ 比に関して,「曝露のオッズ比=疾患のオッズ比」を論証し,その重要性が強調されています が,これは結果の解釈上重要な指摘です。 そして,第4章では,サンプリングとデータ収集に関して,選択バイアスや情報バイアスの 議論が展開されます。類書と大きく異なるのは,バイアスの羅列にとどまるのではなく,バイアスによる選択的,非選択的誤分類が,曝露測定の感度と特異度への影響を通して,具体的に どのような影響を関連の指標に与えるかを定量的に解説していることです。感度と特異度と言 えば,アウトカムの診断や検査に関して解説されるのが普通ですが,それを本書では曝露(リ スクファクター)の測定に拡張し,特に自己報告データにありがちな「曝露の誤分類」が,関連 の指標に対して,どのように大きな影響をもたらすかが強調されています。また本章では,横 断研究における新規/既存バイアス(いわゆるノイマンバイアス)について論じられていますが, 数式を用いた説明は,その意味を正確に理解するのに役立ちます。 これに続いて詳細に解説されるのが,交絡confounding(第5章)と交互作用interaction(第 6章)です。交絡は,有向非巡回グラフ(DAG)を紹介しながら,増強的交絡,抑制的交絡,質 的(逆転的)交絡に分けて解説され,交互作用は,積算的交互作用と加算的交互作用に分け,か つそれぞれをさらに正の交互作用,負の交互作用,質的交互作用に分けて,いずれもデータに 基づいて緻密に解説しており,この2章は類書にない圧倒的厚みを誇っています。そして,こ こで(また本書の随所で)強調されているのが「残渣交絡residual confounding」の問題です。疫 学研究では身近で重要な問題のはずですが,詳しい解説がある教科書は稀で,それゆえ研究者 間での認識も弱く,その意味で貴重な記述となっています。交互作用については,その検出の ための,「一様性の評価」と「観察値と期待値の比較」の手順が詳しく解説されています。興味深 いのは,「加算的交互作用の公衆衛生的重要性」が特に強調されていることです。これは,多く の疫学研究の関心が,病因論に偏り,“比”(=積算モデル)の指標ばかりが重視される風潮に対 する著者らの憂慮を反映したものです。公衆衛生学を志す人々にはぜひ理解していただきたい 部分です。また,ここには「交互作用による交絡」という興味深い概念も指摘されています。 続く第7章では,層化法と,調整法としての直接法・間接法,マンテル-ヘンツェル法,多 変量モデル(一般化線形モデル)が,これまた精緻に解説されています。多変量モデルのところ では,ダミー変数や交互作用項の用い方を含めて,適合性の高いモデル作成のための注意が詳 細に解説されていますが,ここでは「線形性」の仮定が繰り返し強調され,この仮定への配慮が 乏しい研究が少なくない現状へ警鐘を鳴らしています。 第8章は質保証・質管理の部分です。ここでは,研究実施に伴う誤差を減らすための具体的 方策と,品質管理のための妥当性検証研究や信頼性検証研究のための方法論が解説されます。 後者では,感度・特異度からBland-Altman図に至る様々な手法について,それぞれの特徴 と限界(例:カッパ係数は存在率[有病率]の影響を受ける)がわかりやすく相互比較されていま す。 最後に,論文の書き方に関する短い章(第9章)を経て,第10章では,疫学研究の結果の公 衆衛生学的政策へのトランスレーションのあり方が議論されます。ここでは,Rothmanの因 果モデルや「集団ベースの戦略」に基づいて,1次予防の意義と重要性が強調される一方,因果 関係の判断におけるHillのガイドラインの問題点が詳細に紹介され,その使用に注意が促さ れています。そして,研究結果の妥当性を評価する手法としての感度分析,政策決定の手法と しての決定木法,研究間の結果を要約して高次のエビデンスを導く方法としてのメタアナリシ スが,出版バイアスの問題と並行して議論されます。 以上,本書の内容を概説しましたが,訳者として感心するのは,記述に一貫する実証性,つ まり,1つひとつの概念がすべて実在もしくは仮想のデータに基づいて定量的に解説されてい ることです。これほどの記述を準備するには,文献検索を含めてかなりの年月と蓄積が必要 だったはずです。Gordisの教科書を翻訳したときもそうでしたが,ジョンズ・ホプキンズ大 学公衆衛生大学院における疫学コースの質の高さを改めて痛感させられた思いでした。
本書は,私たちがメディカル・サイエンス・インターナショナルから出版した疫学の教科書 としては,3冊目となります。他の2冊は,Gordisの「疫学―医学的研究と実践のサイエンス」 (原書第4版)と,Hulleyらによる「医学的研究のデザイン―研究の質を高める疫学的アプロー チ 第4版」です。前者は,世界的に最も優れた疫学の入門書の1つとして知られ,後者は,疫 学研究の具体的設計方法を解説した中級の教科書として世界で最も評価の高い教科書です。こ れに対して,本書は,疫学研究の分析と解釈のあり方を指南した中級の名著であり,この3部 作で,(統計学的な深い内容を除けば)疫学の全体像をほぼ把握できると考えられます。ほぼ半 年を要し,翻訳にはそれなりに苦労もありましたが,本書が,疫学の世界をより深く知りたい と考えている学生や研究者の橋渡しとなれば,訳者としてそれに勝る喜びはありません。 なお,本書では,incidenceには「発生率」,prevalenceには「存在率」を主たる訳語として用 いていますが,これは,追加付録でも述べているように,疫学用語の普遍性を高めるために, 私たちが20年来一貫して用いているものです。今回の翻訳では改めてその必要性を深く認識 しました。ただし,他の用語を使い慣れた人々が用語に迷わないように,従来の主な用語も, 英語とともに付記してありますので,使い慣れた用語を用いて理解していただければ幸いで す。
令和2年3月15日 定年前後の風雪を乗り越えた令和の春に 木原 正博 木原 雅子
2020-09-10
【正誤表】下記の箇所に誤りがございました。ここに訂正するとともに, 読者の方々に深くお詫びいたします。
31ページ 本文下から8行目見出し
(誤) ケースクロスーオバー研究
(正) ケースクロスオーバー研究
96ページ 下から2行目
(誤) ([a×d]/[c×d]
(正) ([a×d]/[c×b]
110ページ 上から9-11行目
各年齢層の前にb.が入る。b.をc.に、c.をd.にかえる。
180ページ 図5-10の説明文2行目
(誤) セルB
(正) セルD
265ページ 下から14行目
(誤) 487個
(正) 478個
297ページ 上から6行目
(誤) Texs Hospital
(正) Texas Hospital
310ページ 問題4.の表中 集団Aの数値
(誤) 200
(正) 2000
313ページ 本文下から3行目
(誤) 前コホートメンバー
(正) 全コホートメンバー
340ページ 下から2行目
(誤) /9842=0.679
(正) /9862=0.676
355ページ 下から4行目
(誤) 測定者
(正) 測定者2
356ページ 本文下から5行目
(誤) 図8-9Aと図8-9B
(正) 図8-9aと図8-9b
369ページ 上から6行目
(誤) 收集期血圧
(正) 収縮期血圧
399ページ 上から20行目
(誤) 直接禁煙
(正) 直接喫煙
489ページ 本文上から2行目以下
3a.を 3c.にかえ、3b.の後に入る。
3b.を3a.に、3c.を3b.にかえる。