救急現場こそ、緩和ケアが求められる最前線となりうる!
初療室で葛藤する医師のための基本ツールと考え方
cure(治療)だけでなくcare(ケア)の視点も重要な急性期重症患者を前に、医師としてどう対応すべきか? 忙しい救急外来で求められる緩和ケアの基本知識や考え方、具体的な対処法を包括的かつ簡潔にまとめた米国救急医学会(ACEP)緩和ケアセクション推薦図書の翻訳。原著者は救急医としてはじめて米国ホスピス・緩和医療学会(AAHPM)の会長を務めた第一人者。徹底した蘇生行為が患者に益するかどうか終末期患者対応のジレンマに悩む、救急医療に関わるすべての医師・研修医に贈る。
第1章 救急医療におけるトラジェクトリーと予後
第2章 簡易的な緩和ケア・アセスメント
第3章 オンコロジックエマージェンシー
第4章 がん性痛
第5章 慢性の痛み(悪性腫瘍以外)
第6章 症状管理
第7章 スピリチュアルペイン,死別
第8章 コミュニケーション
第9章 蘇生,家族の存在と最期の数時間
第10章 ホスピスケア
第11章 救急外来での緩和ケアに関する倫理的・法的な問題
付録:救急医療の倫理と法
我が国における救急医療の需要は年々増加し続けており,平成10
年(1998 年)には年間約355 万人であった救急車による搬送人員数
は,平成30 年(2018 年)には約596 万人にまで達しています。超
高齢社会を反映して,平成10 年には35.1 % であった65 歳以上の
救急搬送患者の割合は,平成30 年には59.4 % まで増加しました。
このなかでも75~84 歳が全搬送人員数の23.3 %,85 歳以上が
20.2 % を占めています。
私たち救急医療にあたる医師は,生命の危険に曝された患者を救命
し,後遺症を軽減することが己の使命であると信じて,日々,全力
を尽くして事故や急病の患者の診療を行っています。しかし,特に
高齢患者の救急医療においては,このような努力は必ずしも患者の
望む回復として実を結ぶことができず,時には治療を続けることが
患者にとって無益な場合もあります。むしろ有害であるかもしれな
い,という悩みを担当医がもつことも少なくありません。
このたび,本書『救急×緩和ケア ファーストブック』の監修にあた
る機会を得て,その斬新な内容に目から鱗が落ちる思いをしました。
本書のなかでは,救急と緩和ケアという一見,正反対のようにも思
える医療が,それぞれ妥協することなくあるべき姿を主張しながら,
見事に統合されています。徐々に進行するがんの医療とは異なり,
後戻りができない決断を瞬時に行う必要がある救急医療の現場では,
限られた時間のなかで限られた情報から患者の予後を予測したうえ
で,最大限の積極的な治療だけでなく,時には緩和ケアを医学的に
も倫理的にも適切に提供する必要があります。真摯に患者へ向き合
う経験の積み重ねによってのみ身につけることができた終末期の救
急患者への対応能力を,体系的かつ具体的に学ぶことを可能にした
のがこの本の特徴であると思います。
本書では,米国救急医学会の緩和ケアセクションの推薦図書でもあ
る原書を,我が国の救急医療と緩和ケア,それぞれの第一線で活躍
する医師に分担して翻訳していただいたうえで,我が国の実情に合
わせて詳細な注釈を加えていただきました。本書が,救急医療の現
場で困難な判断を強いられる医師の支えとなり,最重症の患者への
適切な治療とケアにつながることを祈念いたします。
2020 年9 月
坂本 哲也
私は救急の専門医ではない。しかし,救急外来での診療は非常にや
りがいを感じている。内科医師として救急診療のダイナミックさや,
スピード感がたまらない。ただ,それ以上に,緩和ケアの専門家と
しての視点で見ると,救急外来には,満たされていない緩和ケア
ニーズが溢れていることに気づかされたのが大きい。それがなけれ
ば,多く医師の方々のキャリアと同様,年齢とともに救急の仕事を
減らしていただろう。
我が国では緩和ケアといえば,まだまだがん患者の終末期に提供さ
れるものというイメージが強い。救急外来での診療に実装可能な緩
和ケアの知識を学ぶには,どうすればよいか悩んでいた時期に出
会ったのがこの本であった。本書の特徴は,まさに緩和ケアの知識
を,救急外来というフィールドに実装できるようにまとめたという
点に集約される。緩和ケアにおいて非常に重要な予後予測,救急外
来で実施可能な緩和ケア・アセスメントをはじめとし,さらにはよ
り死が差し迫った患者とその家族へのケアといったトピックが目次
に並ぶ。これらを主要な内容とする質の高い救急の本を,私は知ら
ない。
翻訳体制については,非常にこだわった。ただ単に訳出するという
のではなく,実際に日本の救急医療で日々悩むメンバーが翻訳を手
掛けた。同志ともいえる3 施設の緩和ケア医と救急医で翻訳を分担
し,各章は相互に訳文チェックしたのち,舩越 拓先生と伊藤 香先
生とともに監訳作業を行った。文章からは有益な情報だけでなく,
その豊富な臨床経験から湧き起こる感情まで感じられるようになっ
ている。
原著は2013 年に発行され,引用されている文献も少し古く感じら
れるかもしれない。しかし,そのことは本書の価値を下げるもので
はない。なぜなら,まだまだこれからエビデンスを構築していくこ
の分野において,現時点での知見を示すことが重要だからである。
高齢多死社会を本格的に迎える我が国において,救急外来は影響を
最も受ける医療分野の一つであろう。待ったなしのこの状況におい
て,日本でのデータが揃ったあとに執筆するということを許容でき
なかった。それが私が本書を最大限のスピードで,日本の救急の現
場に紹介したかった理由である。この想いに応えてくださった訳者
の先生方,日本の救急医療の倫理・法的状況に照らして付録をご執
筆くださった樋口 範雄先生,そして監修を快よくお引き受けくだ
さった坂本 哲也先生のご尽力で,素晴らしい邦訳書として届ける
ことができた。今,この瞬間も救急医療の現場で貢献し続ける医療
スタッフに価値を提供できること,そしてこの本が今後の我が国の
救急医療を切り開く人材にとって「巨人の肩」となるよう願う。
2020 年8 月
監訳者を代表して
柏木 秀行