扁的パルス療法のパイオニアによる実践書、13年ぶりに改訂
扁摘パルス療法のパイオニアである著者の30年以上にわたる豊富な経験をもとに、IgA腎症の病態と扁摘パルス療法の実際を解説した実践書。IgA腎症に対するスタンダードな治療選択肢となった扁摘パルス療法について、「寛解・治癒を目指し、扁摘パルスが効く病態の理解を深める」ことをコンセプトとして、新たな知見をもとに大幅アップデート。扁摘パルスの適応判断に悩む臨床家必読の一冊。
I.IgA 腎症の病態
1.IgA 腎症で血尿と蛋白尿が出るメカニズム
2.IgA 腎症が進行するメカニズム
3.IgA 腎症の臨床像
4.IgA 腎症の予後の本質
5.IgA 腎症の扁桃
A.IgA 腎症における扁桃の特徴
B.IgA 腎症における扁摘の適応
C.扁摘単独治療の効果
II.IgA 腎症の扁摘パルス
1.扁摘パルスはIgA 腎症のどこに効くか?
2.扁摘パルスの適応と治療目標
A.最善の目標は腎症の寛解・治癒
B.次善の目標は腎症の進行遅延
C.扁摘は腎症再燃の防止につながるか?
3.扁摘パルスの実際
A.扁摘
B.パルス
C.副作用対策
4.扁摘パルスの長期予後
5.扁摘パルスの寛解は何で決まるか?
A.腎機能と寛解率
B.罹病期間と寛解率
C.罹病期間と治療介入から寛解までの期間
D.扁摘パルスで寛解した後の再発率
6.扁摘パルスを行っても血尿が残った場合どうするか?
7.血尿は消えたが蛋白尿が残った場合どうするか?
8.IgA 腎症の病態の本質,ならびに扁摘パルスのまとめ
III.病巣疾患としてのIgA腎症
1.病巣疾患とは? その歴史
2.上咽頭の免疫機構
3.慢性上咽頭炎-知られざる病巣炎症
4.慢性上咽頭炎の診断
5.Epipharynx-Kidney Axis
6.慢性上咽頭炎の治療-上咽頭擦過療法(EAT)
7.IgA 腎症診療における上咽頭擦過療法(EAT)の位置づけ
8.潜在的IgA 腎症における上咽頭擦過療法(EAT)の可能性
IV.IgA腎症診療のピットフォール
1.IgA腎症はメサンギウムの病気か? 蛍光抗体法がもたらしたインパクト
2.エビデンスに基づく診療ガイドラインの限界
3.患者はドロップアウトするのがあたり前
4.腎生検は小さなバックミラーに映った光景
V.IgA腎症診療“Take Note”
1.早朝尿とスポット尿の活用
2.季節変動を考慮した治療
3.妊娠が先か? 治療が先か?
4.口腔・鼻咽腔のセルフケアの重要性
5.IgA 腎症診療に必要な二つの「力」
おわりに
参考文献
索引
「IgA腎症の病能と扁摘パルス療法」(第2版)発行に際して
2008年12月に「IgA腎症の病態と扁摘パルス療法」を上梓して,すでに13年余の歳月が流れた.
日本腎臓学会が中心となり実施した2006年と2008年の全国調査では,本邦オリジナルの治療である扁摘パルス施行例が全国的,経年的に増加しており,2008年の時点ですでに66.2%の腎臓内科施設で実施されていることが2013年の報告により判明した.振り返ってみると2008年末に本書の初版が発刊できたことは時宜を得ていたといえよう.
2014年日本腎臓学会が作成した『IgA腎症診療ガイドライン』では推奨度はC1(扁摘パルスをしてもよい)の扱いではあるが,扁摘パルスがIgA腎症の治療の選択肢として初めて正式に認められた.一方で海外のガイドラインでは,IgA腎症の治療において扁摘に関してはいまだ否定的な扱いが継続している.医療においてもグローバル化が叫ばれ,欧米と足並みを揃える傾向がある昨今において,IgA腎症治療における日本独自の扁摘の扱いは日本腎臓学会の英断といえよう.その影響もあり,国外では実施されていないため,扁摘パルスを求めて来日する外国人IgA腎症患者を近年では散見するようになってきている.
このように,わが国ではIgA腎症の特殊治療から一般的治療となった扁摘パルスではあるが,現行の『エビデンスに基づくIgA腎症診療ガイドライン』では“この治療法は尿所見を改善し,腎機能障害の進行を抑制する可能性があり,治療選択肢として検討してもよい”としている.
つまり,扁摘パルスの適応が医師個人の経験や判断に任せられているため,その適応判断をめぐり,医師と患者の間でしばしば齟齬が生じているのが現状である.この問題の背景には二つの点が関与していると筆者は推察している.第一は『IgA 腎症診療ガイドライン』の治療目標が「腎症の進行の遅延」のみであり,多くのIgA 腎症患者が望む,「寛解・治癒を目指す」というコンセプトが欠落しているということ.そして第二は「IgA 腎症の本質と扁摘パルスが効く病態は何か?」ということをIgA腎症患者の診療にあたる医師が必ずしも正しく認識していないことである.すなわち,「ステロイドは尿蛋白を減少させるための治療」といった曖昧な認識で治療にあたっている医師が少なくないのである.本文をお読み頂ければ理解いただけるがこの考え方の半分は正しく,そして半分は間違っているのである.この二つの問題点を解決することが患者ごとの扁摘パルスの最適な運用につながると筆者は考える.
扁摘が手術侵襲を伴う治療であるため,十分な規模のランダム化比較試験の実施が困難であり,現在においても残念ながら十分なevidence があるとは言えない.しかしながら1988 年の最初の扁摘パルス例から30年余が経過し,全国の実臨床の積み重ねにより揺るぐことのないreal world evidenceがわが国では形成されたと感じている.
初版発刊時の2008 年においては本書のタイトルである『IgA 腎症の病態と扁摘パルス』は当時としては尖りすぎており,学会では同治療を異端と見なす権威者がまだ少なからずおられたこともあり,本の出版に際しては当時,出版社内でも慎重論があったと伺っている.しかし,出版後はお陰様で多く臨床医の支持を得て,微力ではあるが実臨床のお役に立つことができたと感じている.初版発刊から13年余の歳月を経て,IgA腎症診療に携わる医師が日々の臨床で感じる疑問点や臨床上の問題点がかなり明確になった.また,当時はまだ曖昧であったがこの間に明確になった事柄や,IgA腎症における慢性上咽頭炎の関与をはじめとする新たな知見も蓄積されてきたため,この度の第2版執筆の運びとなった.本書が目の前のIgA腎症患者一人ひとりの診療における,病態に基づいた最適な治療選択の羅針盤としてお役にたつことを願っている.
2021 年12 月
堀田 修