精神症状に出会ったときの 「これでいいの?」を払拭!
世界的に広く知られている精神科救急に特化した英国発の教育コース「Acute Psychiatric Emergencies(APEx)コース」のテキスト邦訳版。救急医療に携わる医師が現場で困ることの多い精神症状・精神疾患の対応に実践的に使えるよう、日本の現場に則した薬剤選択などの訳注を追加。強制入院、拘束などの法的解釈に関する日本の実情と展望について、専門家によるコラムも収載。救急外来を担うすべての医師に有用。
第1章 精神科救急への構造化されたアプローチ
1.1 はじめに
1.2 準備
1.3 救急科スタッフと精神科スタッフの緊密な連携
1.4 コミュニケーション
1.5 同意
1.6 構造化されたアプローチ
1.7 まとめ
第2章 一次統一評価と緊急の精神医学的対応
2.1 はじめに
2.2 準備
2.3 一次評価:統一評価
2.4 一次身体的リスク評価
2.5 一次精神的リスク評価
2.6 統一評価と緊急治療
2.7 迅速な鎮静
2.8 スタッフの安全
2.9 患者本人を中心としたケア.
2.10 法的枠組み
2.11 二次評価
2.12 まとめ
第3章 二次身体的・心理社会的評価
3.1 はじめに
3.2 焦点を絞った身体的な病歴聴取と身体診察
3.3 焦点を絞った会話による心理社会的な病歴聴取
3.4 二次的な心理社会的(精神状態)検査
3.5 まとめ
第4章 自傷患者
4.1 はじめに
4.2 一般原則
4.3 準備
4.4 一次評価:統一評価
4.5 二次評価
4.6 症例
4.7 緊急対応
4.8 自傷行為後の身体的治療の拒否
4.9 まとめ
コラム(川本 哲郎)
第5章 酩酊様の患者
5.1 はじめに
5.2 アルコール中毒の病態生理と測定
5.3 アルコール中毒のスクリーニング
5.4 アルコール中毒(だけ)ではない場合,何を想定するか?
5.5 準備
5.6 一次評価:統一評価
5.7 統一評価と緊急治療
5.8 二次評価
5.9 緊急対応
5.10 診療方針の決定 / ケアの経路の確認
5.11 引き継ぎ
5.12 救急科における簡単な介入
5.13 症例
5.14 まとめ
第6章 奇妙な行動をとる患者
6.1 はじめに
6.2 準備
6.3 一次評価:統一評価
6.4 二次評価
6.5 危機管理
6.6 症例
6.7 まとめ
付録6.1 精神病症状を呈する器質性疾患
付録6.2 薬物やアルコールの乱用に伴う奇妙な行動
付録6.3 よく遭遇する精神病症状
第7章 急性錯乱患者
7.1 はじめに
7.2 急性錯乱状態
7.3 準備
7.4 一次評価:統一評価
7.5 統一評価と緊急治療
7.6 二次評価
7.7 緊急対応
7.8 診療方針の決定
7.9 引き継ぎ
7.10 症例
7.11 まとめ
第8章 攻撃的な患者
8.1 はじめに
8.2 攻撃性と暴力を評価する際の原則
8.3 リスク策定
8.4 潜在的な攻撃性と暴力の管理
8.5 リスクの評価,予防,管理
8.6 症例
8.7 まとめ
付録8.1 迅速な鎮静
第9章 精神科救急医療の法的側面
9.1 はじめに
9.2 意思決定能力を定める
9.3 意思決定能力をもたない患者への対応
9.4 意思決定能力をもつ患者の治療
9.5 同意
9.6 守秘義務
9.7 文書化
9.8 まとめ
コラム(川本 哲郎)
第10章 ヒューマンファクター(人的要因)
10.1 はじめに
10.2 医療過誤の程度
10.3 医療過誤の原因
10.4 ヒューマンエラー
10.5 コミュニケーション
10.6 チームワーク,リーダーシップ,フォロワーシップ
10.7 状況認識
10.8 チームと個人のパフォーマンスの向上
10.9 まとめ
第11章 患者の経験
11.1 はじめに
11.2 患者の経験の側面
11.3 まとめ
救急の現場にて,精神疾患の対応に困ったことのない救急医はいないだろう。確かに,精神科救急事業は随分と推し進められたようには思う。各都道府県に精神科救急情報センターが配備され,精神科救急入院料病棟も増えた。2015年には日本精神科救急学会が精神科救急ガイドラインを公表した。しかしそれでも現場では対応に困る症例が後を絶たない。そのような中,2022年4月からは精神疾患患者を入院医療中心から地域生活中心へとシフトさせることを目的に,精神科救急入院料の病床数が減少する。この影響は本書監訳時点ではまだ明らかではないが,救急で働く多くの医療従事者にとって,精神疾患の対応について熟知する必要性がさらに高まることがあっても,低くなることは無いと思われる。
そもそも救急医療と精神症状は切っても切り離せない関係にある。厚生労働省の発表によると日本の精神疾患の受療患者数は400万人とされ,精神疾患はコモンな疾病である。急性疾患罹患時には苦痛や不安により,もともとの精神症状が悪化することは想像に容易い。もちろん神経内科的疾患,中毒,内分泌代謝性疾患などの身体疾患そのものにより精神症状が前面に出現することもある。これらを合わせると,救急外来受診者が何らかの精神症状を有することはむしろ一般的ともいえるシチュエーションである。ところが精神科において,救急診療は必ずしも注目はされていないようだ。これは緊急心臓カテーテル検査が花形である循環器科や,近年緊急での血管内治療が進歩している脳神経内科/外科とは大きく異なる。結果として,ほとんどの精神疾患の救急診療は,救急現場の非専門医に委ねられている。精神科医の限られたマンパワーを考えてもこの事実は今後も変わることはないだろう。つまり,非専門医が,救急医が,内科医が,当直医が,プライマリケア医が,精神科救急診療を習熟しなければならないことは必然なのである。
では非専門医が精神科救急を学ぶにはどうすれば良いのであろうか? あるいは駆け出しの精神科医が救急対応を学ぶにはどうすれば良いのであろうか? 救急領域において,高い教育効果を持つことが示されている教育コースの代表にACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)やICLS(Immediate Cardiac Life Support)がある。ACLSやICLSは心肺蘇生についてのコースであるが,Advanced Life Support Group(ALSG)は精神科救急に特化したコース「Acute Psychiatric Emergencies(APEx)コース」も展開している。APExコースは,誰でも効率よく学ぶことができる優れたコースであるが,本書はAPExコースの自己学習を可能とする書籍“Acute Psychiatric Emergencies - A Practical Approach”の和訳版である。一流の救急医と精神科医が集まって作りあげたもので,世界的にも広く知られているAPExコースを手軽に習得できる待望の一冊と言えよう。
本書を単なる訳書ではなく,現場で使える書籍とするために,第一線で働く医師に翻訳をお願いした。監訳に当たっては日本の実情に則するように,薬剤選択についてなどの訳注をつけさせていただいた。法的解釈についても日本の実情と展望について専門家である川本哲郎先生にコラムを執筆いただいた。精神科救急に携わる機会の多い救急医のみならず,精神科救急に関わる可能性のあるすべての医師にとって有用な書籍であり,監訳に携われたことは感謝に堪えない。本書が一人でも多くの医師に,看護師に,その他の医療従事者に,そ
して患者や家族にとって有益であることを願う。
2022年3月
上田 剛士
洛和会丸太町病院 救急・総合診療科