ミクストメソッズ : 質・量統合のパラダイム - その理論と健康科学分野における応用と展開 -

“木原ライブラリー”最新刊! ミクストメソッズを実践に生かすには?

質的方法と量的方法を組み合わせて行う研究手法「ミクストメソッズ(mixed methods)」に関し、健康科学分野に特化し解説。2つの方法を同時的・逐次的に組み合わせるがゆえに、ともすれば複雑になりがちな理論面の記述は簡素化。明快な図表と具体的研究事例を提示し、ミクストメソッズがどのように応用できるか、現場の実践につながる真に必要な情報のみを凝縮。当該領域の研究者がミクストメソッズ研究を計画し実践する上でのガイドラインとなりうる書。



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¥5,280 税込
原著タイトル
Mixed Methods in Health Sciences Research: A Practical Primer
監訳:木原正博 医学博士 / 京都大学 名誉教授 / 前京都大学大学院医学研究科社会疫学分野 教授 / 国際社会疫学研究所 共同代 表(一般社団法人日本こども協会)・Murray J. Lawn 工学博士 / 前長崎大学大学院工学研究科機械システム工科学 助教 / 前長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 助教・木原雅子 医学博士 / 前京都大学学際融合教育研究推進センターグローバルヘルス学際融合ユニット 特任教授 / 前京都大学大学院医学研究科社会疫学分野 准教授 / 国際社会疫学研究所 共同代表(一般社団法人日本こども協会)
ISBN
978-4-8157-3094-9
判型/ページ数/図・写真
B5 頁344 図30
刊行年月
2024年2月
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第Ⅰ部 ミクストメソッズの基礎
第1章 ミクストメソッズデザインの定義とその概要
ミクストメソッズ研究の定義と特徴
ミクストメソッズ研究の基本要素
データ統合
質的アプローチと量的アプローチの組み立て
アプローチ間の結び付け
ミクストメソッズの基本デザイン
基本デザインの事例:文献からの引用
観察研究:収れん型デザイン
観察研究:探索的逐次型デザイン(+説明的逐次型デザイン)
観察研究:説明的逐次型デザイン
介入研究:同時並行埋め込み型デザイン
ケーススタディ:収れん型デザイン
まとめ
演習問題
参考文献

第2章 健康科学分野におけるミクストメソッズの応用とその事例
健康科学におけるミクストメソッズ研究への関心の高まりとその背景
臨床研究
ヘルスサービス研究
インプリメンテーション科学
健康科学分野におけるミクストメソッズ研究の例
コミュニティベースの参加型研究に収れん型デザインを組み込んだ事例
患者中心アウトカム研究に探索的逐次型デザインを組み込んだ事例
インプリメンテーション科学研究に説明的逐次型デザインを組み込んだ事例
まとめ
演習問題
参考文献
第3章 ミクストメソッズ使用の適切性と実施可能性の判断
リサーチクエスチョンの定義
ミクストメソッズを用いる適切性と研究目的の確立
プロジェクトの実施可能性を研究の企画段階で判断する場合のポイント
チーム編成
チーム内の共同体制
リソース
タイムライン
結果の発表
まとめ
演習問題
参考文献

第Ⅱ部 ミクストメソッズ研究のための資金獲得
第4章 科学的で説得力のあるミクストメソッズ研究助成金申請書の作成
申請書を書き始める前に
助成組織を選択する
助成組織とのコミュニケーション
現実的なタイムラインを作成する
ミクストメソッズ研究に対する助成の動向
ミクストメソッズ研究の申請書を作成する
構成の論理性
タイトル
研究の背景と意義
研究目的
研究方法
研究チームと研究環境
カバーレター
審査員になり切って考える
まとめ
演習問題
参考文献

第5章 助成金を獲得したミクストメソッズ研究申請書の事例
NIH(国立衛生研究所)への助成金申請の実例
規模の大きい助成プログラム
規模の小さい助成プログラム
キャリア形成型助成金
現実の事例からのヒント
まとめ
演習問題
参考文献

第6章 ミクストメソッズ研究の質の評価
様々なオーディエンスにとっての研究の質の重要性
質的研究と量的研究の質に関する共通の基準
ミクストメソッズ研究のデザインと実施におけるミクストメソッズ研究特有の質の基準
ミクストメソッズ研究としての概念化と正当化
研究デザインの質
質的研究と量的研究の基準の遵守
ミクストメソッズのデータ分析の基準の遵守
データ統合の質
解釈の質
ミクストメソッズ研究の質を損なう恐れのあるデザイン上あるいは実施上の問題
まとめ
演習問題
事例1
事例2
事例3
参考文献

第Ⅲ部 ミクストメソッズ研究のデザインと実施
第7章 ミクストメソッズ研究におけるサンプリングとデータ収集
質的方法と量的方法のサンプリングの原理
ミクストメソッズ研究におけるサンプリングの原理
ミクストメソッズ研究におけるサンプリングの実施
独立的サンプリング
非独立的サンプリング
複合的サンプリング
ミクストメソッズに特有なサンプリングの問題
ミクストメソッズ研究におけるデータ収集のアプローチ
質的アプローチと量的アプローチの間でのデータの連関
研究チームのデータ収集能力を高める
データ収集実施のためのロジスティクス
まとめ
演習問題
参考文献

第8章 ミクストメソッズ研究におけるデータ分析とデータ統合
ミクストメソッズデータの統合の重要性
データ分析計画の作成
研究の目的やデザインに適合した分析計画とする
データの優先度を反映した分析計画とする
データ統合を行う時点(統合点)を明確にする
データ収集と分析における統合法
“融合(比較)”によるデータ統合
“連結”によるデータ統合
“積み上げ”によるデータ統合
”埋め込み”によるデータ統合
データ統合の実施
データの不一致への対処
データ分析ソフトの使用
解釈と表示における統合
ナラティブフォーマット
ジョイントディスプレイ
データ変換
まとめ
演習問題
参考文献

第9章 ミクストメソッズ研究チームの管理運営
なぜミクストメソッズ研究チームについて論じるのか
ホームグループの集合としてのミクストメソッズ研究チーム
チームの管理運営において必要な配慮とその原則
“違い”への対処
メンバー間の信頼
有機的なチームの構築
対立や緊張関係への対応
効果的なリーダーシップの発揮
リーダーシップが効果的に発揮されるようにするための原則
1 人の研究者による研究
まとめ
演習問題
参考文献

第10章 ミクストメソッズ研究の実施面における問題
倫理審査への対応
被験者保護プログラムの概要
ミクストメソッズ研究に特有の倫理審査の側面
ミクストメソッズ研究の倫理申請を万全なものにするためのポイント
応募要項を丁寧に検討する
申請する前に倫理委員会のスタッフと連絡を取る
明確かつ効果的に記述する
適切な専門性を持つメンバーでチームを構成する
ミクストメソッズのデザイン別の問題点
収れん型デザイン
探索的逐次型デザイン
説明的逐次型デザイン
創発デザイン
ミクストメソッズ研究の実施に伴う可能性のある困難と対策
データ間に主副がある場合の記述
データ分析へのチームとしての取り組み
ミクストメソッズの専門家をチームに取り込む
まとめ
演習問題
参考文献

第Ⅳ部 研究結果の出版
第11 章 健康科学分野におけるミクストメソッズ研究の出版
健康科学分野におけるミクストメソッズ研究の出版に伴う課題と出版機運の高まり
ミクストメソッズ研究論文の出版戦略と査読対応
出版方針の決定
投稿誌の選択
強力な執筆チームを編成する
ミクストメソッズ研究を書く上での固有の注意点
ミクストメソッズ研究論文を報告する場合のガイドライン
読者を念頭に置いて書く
研究方法のセクションでデータ統合について説明する
結果の表示に最も適したフォーマットを選択する
アブストラクトや研究方法のセクションでミクストメソッズであることを明記する
カバーレター
ミクストメソッズ研究の査読コメントへの対応
査読コメントに対する回答文の例
まとめ
演習問題
参考文献

付 録
A  本書に協力をいただいた専門家のプロフィール
B  NIH(国立衛生研究所)のRePORTER データベースを用いたミクストメソッズ研究の助成動向の分析に用いた方法
C  健康科学分野における量的研究の厳密性の評価基準
D  健康科学分野における質的研究の厳密性の評価基準:質的研究の報告に関する統合的基準(COREQ)
E  クィックリソース:ミクストメソッズの学習に役立つ文献
F  質的分析ソフトの比較表

監訳者補章:ミクストメソッズデザインのタイポロジーとデータ統合について
―構造と機能からの考察―
用語集
索 引

「研ぎ澄まされた実践性」 ― これが一言で表した本書の特徴です。“量的方法に質的方法を足せば,ミクストメソッズmixed methodsになる”というほど,ミクストメソッズは,理論面でも実践面でも単純ではありません。特に実践面では,2つの方法を並列的もしくは逐次的に組み合わせるがゆえの複雑性や,まだ広く用いられていない方法であるがゆえの「社会的」困難が,研究の企画,倫理申請,助成金申請,実施(データ収集,分析,解釈,結果表示),論文執筆,論文投稿と,研究のあらゆるプロセスに伴います。量的方法あるいは質的方法単独の研究であれば,身近にいる経験豊かな専門家やメンターに相談もできるでしょうが,未だ専門家の少ないミクストメソッズの場合はそうもいかず,それが,ミクストメソッズ研究を志す研究者の高いハードルとなっていると思われます。
 本書は,正にそうしたニーズに応えるために作成されたもので,健康科学分野に限定しながら,ともすれば複雑になりがちな理論面の記述を簡素化し,一方で,ミクストメソッズに焦点化した,実践に役立つ「経験知」をふんだんに取り入れた構成となっており,そのために,他に類例を見ない多大な編集面での努力が行われています。
 その第1は,合計30人近くにもなる,ミクストメソッズの専門家,重要な論文の著者,米国国立衛生研究所(NIH)からの助成金獲得に成功したシニア / ジュニアの研究者,一流学術誌の編集者,主な研究助成組織の審査関係者たちにインタビューを行い,そこから得られた情報を簡潔・明解に紹介していることです。それらを通して読者は,論文には書かれていない,研究の企画・実施過程における様々な工夫や成功・失敗の経験,助成金獲得に至るまでの具体的努力や審査プロセスでのやり取り,論文の査読や助成金申請の審査にあたる人々の目から見た,論文投稿あるいは助成金申請における注意点,などを知ることができます。そして,いくつかの重要論文については,研究の全プロセスのタイムライン(ガントチャート),研究費獲得に成功した事例については,その申請書の実物,論文投稿については,査読プロセスでの実際のやり取りが文例とともに非常に具体的に紹介されており,ミクストメソッズ研究を志す研究者にとって,極めて有益で実践的な内容となっています。第2は,的確で,理解しやすい内容とするために,30名近くの若手の研究者や学生が参加する「ミクストメソッズお試しキッチン(Mixed Methods Test Kitchen:MMTK)」というプラットフォームを作成して,本書のために掲載した表,図,文章の草案を検討してもらい,わかりやすく正確なものとなるまで徹底して洗練していることです。
 加えて,本書は,著者らが各地で行ってきたミクストメソッズに関する講義や研修会で受けてきた質疑も踏まえて作成されており,これらの膨大な情報を整理してまとめあげた,その企画・編集の努力と能力には敬服の念を禁じ得ません。さらに,本書では,ミクストメソッズ研究が,専門分野や方法論的背景が多様なメンバーから構成されるチーム研究となることが多く,それゆえの「管理運営上の困難」を伴うことから,チームワークを円滑化・活性化するための具体的アプローチを「リプリゼンテーショングループ理論(representational group theory)」という組織心理学の枠組みを用いて解説しています(第9章)。これは,ミクストメソッズ研究の実践上,非常に示唆に富む情報であり,数多くのミクストメソッズ研究を手掛けてきた著者らならではの内容となっています。余談ですが,私たちが,厚労科研費で,疫学者,基礎医学者,臨床医,社会学者,NPO/NGOメンバーを含む約150人から成る学際的エイズ研究班を主宰していたとき,本書に書かれているような様々な「管理運営上の困難」を実際に経験しました。その中でも特に印象的だったのは,専門用語jargon面での衝突で,たとえば,疫学者が,「薬物使用者の有病率」という表現を,“一般集団中の薬物使用者の割合”という意味のつもりで用いると,それは“薬物使用者中の有病者の割合”としか理解できないという批判や,「有病率,罹患率,罹病率は,字面からは区別不能」といった尤もっともな批判を受けました。それ以来私たちは,この木原シリーズでは,自明性と一般性の高い独自の用語(例:存在率,発生率,真度,定度)を用いるようにしています。
 本書の実践性は,理論面の説明にも表れています。類書に多い,複雑な哲学的,歴史的記述を大胆に割愛して,研究デザインとデータ統合の各タイプと,統合の具体的手法が,明解な図表を用いて,非常に簡潔に提示されており,かつそれぞれのタイプについては1つひとつ具体例が示され,読者が実践的に理解できるように工夫されています。ただ,有名な米国心理学会(APA)のMixed methods article reporting standards にも,「There is not a generic mixed methods design but rather multiple types of designs」と指摘されているように,ミクストメソッズには,デザインのタイポロジー(分類)を巡る不確実性が存在します。本書では基本的にCreswell らのタイポロジーに基づく説明がなされていますが,それゆえの限界もあり,よく読むと,記述の一貫性の乱れや矛盾に気が付きます。また,私たちが行ってきた研究がどのデザインに該当するのかがわからないという問題にもぶつかりました。本書の監訳にあたって一番悩んだのが実はこの点であり,その疑問を解くために,かなりの時間を費やして,類書や関連論文の詳細な検討を行いました。その結果としての私たちなりの結論を,監訳者補章:「ミクストメソッズデザインのタイポロジーとデータ統合について―構造と機能からの考察」にまとめてみましたので,ご参照いただければ幸いです。
 しかし,そうした理論上の問題にもかかわらず,質的方法と量的方法を組み合わせて用いることの方法(論)的優位性は明らかであり,本書にも多数の優れた事例が示されていますが,私たちも,エイズ研究に関わり始めた1990 年代の前半から,私たちが後に「社会疫学socioepidemiology」と名付けた,行動理論やソーシャルマーケティングを含む方法論の枠組みの中で質的方法と量的方法をルーチンに組み合わせて用い,それが,多くの重要なプログラムの開発(例:思春期の問題解決のためのWYSH プロジェクト)や新たな発見(例:イランの初期のHIV 流行が刑務所内での注射薬物使用を起点としていたこと[Zamani et al., JAIDS, 2006],コンゴ民主共和国で,食料難が抗HIV 薬の低アドヒアランスの原因の1つであったこと[Musumari et al., AIDS Care, 2013],ザンビアの住民の間で肥満が肥満として認識されていなかったこと[Tateyama et al., PLoS One, 2018])につながっていきました。
 ただ,冒頭にも述べたように,“量的方法に質的方法を足せば,ミクストメソッズmixed methodsになる”というほど,ミクストメソッズは単純ではなく,それを実施するためには,量的方法,質的方法のそれぞれについての高度な知識と技能を必要とします。とりわけ,量的研究においては,測定の妥当性と信頼性,バイアス・交絡,統計学的モデルの適合性,統計学的有意性におけるサンプルサイズと効果量の相互関係に関する知識が,質的研究においては,インタビューやコーディングの技量と経験が不可欠であり,どちらかが,あるいはどちらも不確かなまま研究を始めれば,「2つの方法を組み合わせたがゆえの誤った結論」に至りかねません。それぞれの方法を十分に学ぶか,専門性の高いチームを組んで研究に臨んでいただきたいと思います。
 本書の翻訳は,質的研究と量的研究の両方に経験(=方法[論]的バイリンガリズム)を持つ,私たちの元学生による翻訳チームを組織して行い,まずチームメンバーが正確に訳し,それを監訳者が全体として用語と表現を統一するという手順で行いました。上述したように,ミクストメソッズには,デザインのタイポロジー(分類)を巡る不確実性があるため,本書全体の理論的整合性を高める目的で,最新のミクストメソッズの解説書や,本書以降に出版された重要論文を参照して,かなりの監訳者注を加え,また文章にも原文の趣旨を損なわない範囲での加筆を行いました。本書と考え方が大きく異なる内容については,監訳者補章という形でまとめて示したのでご参照ください。また,10年以上前に出版された点を補うために,新たな文献からの情報を用いたアップデートを随所で行っています。私たちのこうした努力が,少しでも本書の理解に役立ち,今後のミクストメソッズ研究の発展の寄与できれば,監訳者として,これに勝る喜びはありません。
 最後に,そして非常に残念なことに,監訳者の1人であった,Murray. J. Lawn 博士が,昨年60歳で他界されました。博士は,エンジニアとしての卓抜した論理能力で,原文の理解や本書の監訳に重要な貢献をされました。ここに心から哀悼の意を表したいと思います。


令和6年2月5日
比叡山,如意ケ嶽(大文字山)を望む,
元東伏見宮家別邸・吉田山荘の書院にて
木原 正博
木原 雅子

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